基準値きみのキングダム
「いや……、ええと、近衛くんは? さっきまで話してたよね」
近衛 椋くん、同じくクラスメイト。
メガネをかけていて硬派な見た目だけれど、けっこう軟派でチャラチャラだって聞く。深見くんとは仲良しで、よく一緒にいるのを見かける。
さっきだって、ラインのスタンプの話(?)で盛り上がっていた。
「椋? 椋はもう帰った、バンドの練習があるとか言って」
「……そう、なの」
「手持ちぶさただから、正の字書くだけでもやらせてよ」
「それはいい! もうあとちょっとだし、これくらい私ひとりでできるし、そもそもこれは私の仕事だしっ。深見くん仕事ないんだったら、帰ったらいいと思う、鍵は私が閉めとくし!」
頭がわーっとパニックを起こしたまま、わーっとまくし立てる。
────そして、いつも後悔するのは、ことが過ぎてからなのだ。
ぽかん、と口を開いて固まった深見くんに 『やっちまった』 と怒涛の勢いで後悔の波が押し寄せてくる。
あ゛────どうして、私は、いつもこうなんだろう。
かわいくなれない、かわいくない、かわいくない!!!
たとえば上林さんなら。
去年クラスが同じだった、とびきりかわいい女の子の姿を思い浮かべる。
あの子なら、『恭介くん、手伝ってくれるの〜っ? 美沙うれしいっ』 そう、にっこり天使なスマイルを浮かべて深見くんの力を借りるんだろうな。
それに、丁重に断るにしたって、もう少しかわいい言い方だってあるはずなのに。
見栄っ張り、つよがり、強情、かわいくない。
……私を表すのにぴったりな言葉たち。
ひとりで胸を張って生きていくことばかり頑張っていたら、いつのまにか誰かに甘えることがすこぶる苦手になってしまった。
ふと差し出された手のひらには、びっくりしてしまって、混乱してしまって、思ってもいないことばっかり口から飛び出していく。つっけんどんにせっかくの手のひらを振り払ってしまう。
こんな、かわいくない、私のことなんて誰も────。
「ふ、はは、森下、おもしろ」