政略結婚は純愛のように~狼社長は新妻を一途に愛しすぎている~
「あ、あ、あなたにっ!貴方にそのようなことを言われなくても分かっていますっ!」

 青筋を立てて芳子が言う。
 ひぇ~と智也が小さく呟いた。

「…そうですか。」

 由梨は努めて冷静に相鎚を打つ。
 心の中は乱れに乱れていたけれど。

「そうです!わ、私は、この今井コンツェルン内の順位に乗っ取って話をしているのですよ。誰も最下位に位置する北部支社へは行きたくないでしょう?ということです。貴方は!ちょっと社長と結婚したからといってそのようにいきなり態度を変えて、いったいどういうつもりですか?!」

「なんの順位ですか?おばさま。」

 捲し立てるように芳子が言うのをじっと見つめて、由梨は静かに尋ねた。
 質問を質問で返すのは失礼だと長坂におしえられたけれど、今だけは許して欲しいと思いながら。

「は?」

 芳子が間の抜けた声を出して固まる。

「その最下位というのは何を基準とした順位なのでしょう。」

「…。」

 由梨は語気を荒げる。

「北部支社の昨年の売上高は今井コンツェルン内で本社に次いで第二位です。昨年比でいけば本社を抜いて第一位。…まちがいなく今井コンツェルン内で今一番勢いのある支社のうちの一つなのですよ。…その北部支社を叔母さまは最下位だとおっしゃった。これは北部支社社長の妻という立場から、また、北部支社の社員としても納得ができかねます。」

 芳子はあんぐりと口を開けたまま由梨を見ている。
 初めて由梨に反抗されて頭が追いついていないようだ。
 持っていたフォークがかちゃりと落ちた。
 由梨は言うだけは言ったと思い着席した。
 それからしばらくは耳が痛くなるほどの沈黙が食堂を包んだ。
 誰もが由梨と芳子を代わる代わるに見て、その後の成り行きを見守った。
 その沈黙を破ったのは一族の長である幸仁だった。

「由梨の言う通りだ。」

「あ、あなた…?」

かすれた声で芳子が夫に呼びかける。
 
「北部支社は今やコンツェルン内ではなくてはならない存在だ。…お前たちの。」

 幸仁は言葉をきって、自身の弟たちと甥たちを睨む。

「お前たちの昨年度の赤字をカバーできたのも北部支社のおかげだ。…今後、北部を馬鹿にするようなことを言うのはわしが許さん。…特に加賀君がいる前ではな。彼は今やコンツェルンになくてはならない人材だ。」

 男性陣の何人かが罰が悪いような表情で俯いた。
 幸仁は隣で絶句している妻を見る。

「お前も。今後はこのような発言は控えなさい。加賀君がいなくなれば我が社は危うい。由梨!今のことは加賀君に内密にしなさい。」

幸仁が由梨にそう釘を刺した時。

「…旦那様。」

 大広間の入口から声がかかって、ハッと皆がそちらを向く。
 今井家の使用人が心底困ったと言うように立っていた。

「あの…加賀様が、お見えです…。」

 彼の後ろに隆之がいた。
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