政略結婚は純愛のように~狼社長は新妻を一途に愛しすぎている~
隆之の告白
 隆之は次の日、屋敷を訪れた。
 弁護士だという老齢の男を伴って。
 由梨は応接間で彼らを迎える。
 父の博史が生きていた頃からほとんど使っていなかった部屋は少しカビ臭い。
 アンティークと言ってもいい、飴色のローテーブルを挟んで、男二人と由梨は向かい合わせに座る。
 無表情の隆之に、なぜこちら側に座ってくれないのかとは聞けなかった。
 まずはじめに口を開いたのは弁護士の方だった。
 弁護士は今井家の顧問だと名乗る。
 加賀家の顧問ではないことに由梨はまず安堵した。
 
「本日は、今井和也氏が貴方にしたことに対しまして、今井幸仁氏からの謝罪を含めました提案をさせていただきます。」

 そう言って弁護士は由梨に幸仁からの慰謝料の提示をした。
 さらにそれに加えて祖父の幸男が遺言で博史に相続させるはずであった分は由梨がそのまま引き継ぐことができることが伝えられる。
 今井の莫大な財産から考えると僅かな金額かもしれないが、それは由梨が一人で生きていくには十分な金額だとった。
 その中には、今三人がいる屋敷も含まれていた。

「金銭的なことは以上でございます。そして。」

 そう言って弁護士は、ここからが肝心とばかりに合意書と書かれた紙をテーブルの上に出して由梨に見せた。
 そこには、今後一切、今井家は由梨のこと(居住地、職業、行動、人間関係)に干渉しないことを約束するとあった。
 
「…ここに書かれていることは、本来人が生まれながらに保証されている権利ですが…、貴方のお生まれになった家は少々特殊ですからね。」

 そう言って弁護士は苦笑いをした。
 由梨は言葉を失って合意書を見つめた。
 
「この合意書にサインをすれば君は本当に自由だ。…どこで働こうが、どこに住もうが誰にも文句は言われない。」

 この部屋に入ってきてから初めて隆之が口を開いた。
 それを見て、由梨は今彼が今井家の弁護士と並んでいるわけがわかった。
 隆之が今井家側に由梨の自由を認めさせたのだろう。
 由梨のために。

「…わかりました、ありがとうございます。あの…ひとつだけお伺いしたいのですが。」

 由梨は弁護士を真っ直ぐに見て尋ねた。

「屋敷にある父のお墓へはお参りに行かせていただいてもいいのでしょうか。」

 由梨の言葉に弁護士は大きく頷いた。

「もちろんです。あなたは今井家の人間ですから。」

 隆之が僅かに微笑んだ。
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