リリカルな恋人たち
あまりにも近すぎて、輪郭がぼやける。
焦点が合わないままで呆然としていたわたしは、乾いてきた目を瞬かせた。


「だからさっき、延岡くんにオンナの顔とか言われたのがもう、悔しくて悔しくて。どうにかなりそうだったよ」


辟易した風にふう、と息を吐き、加瀬くんは止まっていた足を再び動かし出した。

わたしは体にバネが付いたみたいになった。前を歩く加瀬くんに、勢いよく飛びつく。
衝動的に体当たり。
がしっと力任せに抱きついた。

それはよく加瀬くんが言う本能ってやつだ。
体と心が無条件に、加瀬くんを好きと叫んでいる。


「友ちゃん……どうしたの?」
「……」
「あんま引っ付かれるとその……いや、こっちの都合なんだけど、さ?」


平気そうに装って飄々としている加瀬くんにしがみ付くように歩く、コバンザメみたいな邪魔すぎるわたしは、加瀬くんの腕をマスク代わりにして口元を塞ぎ、わざと声を籠らせた。


「抱いてほしいの」


だって、恥ずい、恥ずかしい、恥ずかしすぎるんだもん。


「ま、参ったな……」


思わず宙を仰いだ加瀬くんは、ちかちかと空に散らばる星を見上げて溜め息交じりに言った。


「僕、今夜は加減できないかも」


たまにはアブノーマルなのもいいかもね。

まあ加瀬くんは、そのまんまで愛嬌があって獰猛な、オスのワンコに見えるから。






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