マリッジライフ・シミュレイション~鉄壁上司は妻を溺愛で溶かしたい~
矢崎さんの誘いを断る為に言った『予定があります』と言うのは決して嘘ではない。
私には食事当番という用事がある。

別に食事当番でも外食や飲みに行ってはいけないわけではない。きちんと相手に連絡をすれば良いだけ。
けれど矢崎さんと食事をするつもりなんてサラサラない。ただの口実だ。

その後、私は定時と共にオフィスを飛び出した。駅で矢崎さんに捕まりたくなかったからだ。その作戦は成功し、無事彼に捕まることなく電車に乗り、いつもより帰宅することが出来た。
そのおかげで、いつもより丁寧に夕飯作りが出来たことに今は満足している。

それでなくても、当番の日は早く帰るのを心掛けているのだ。
料理上手な高柳さんと違って、レシピサイトを逐一確認しなければならない私には、料理に時間が掛かる。慣れないから手際も悪く、目標時間までに献立を作り上げることに精一杯。

仕事が詰まっている時は手抜きをしようとは思っているものの、私より何倍も忙しい高柳さんが、毎回バランスのとれた美味しいご飯を作ってくれるのだから、料理が苦手だからとサボれるわけがない。


「今日は魚か」

お風呂から上がって来た高柳さんがこちらを見て言う。
グリルからの匂いで焼き魚だと分かったのだろう。

「はい。昨日一昨日がお肉だったので、今日はお魚にしました。あ、もしかしてお昼がお魚でしたか?」

「いや、昼は忙しくてきちんと取れなかった。ちょうど魚が食べたいと思っていたから嬉しいよ」

「そうだったんですね…。あ、お弁当ご馳走さまでした。美味しかったです」

「ああ」

「私ばかりすみません……。夕飯も、秋鮭を焼いただけなんですけど…」

「好きだから大丈夫」

胸の中で何かがピョンと跳ね、頬がじわっと熱を持つ。

(いやいや、好きなのは料理。もしくは秋鮭でしょ?)

ちょうど良く焼き上がった鮭を皿に出し、温めた味噌汁と里芋の煮物と一緒に、トレーに乗せて持って行く。テーブルの上には先に胡瓜の浅漬けを出しておいた。
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