マリッジライフ・シミュレイション~鉄壁上司は妻を溺愛で溶かしたい~
「た…高柳さんは、……なにも悪くはありません……」

ゆっくりと(かぶり)を振ってそう言うと、彼は「いや、そんなことはない」と言ってから言葉を続ける。

「妻を守ると言ったのに、矢崎からちゃんと守ってやれず、怖い思いをさせてしまうなんて……俺はお前の夫失格だ」

その声色から彼が怒っているのが伝わってくる。
ハッとした。きっと彼はずっと自分自身に怒っていたのだ。帰りの車の中からほとんど黙ったままだったのは、私に怒っていたのではなかったのだ。

目が逆光に慣れてきたのか、見上げた高柳さんの表情が見えた。
彼が浮かべていたのは怒りの表情ではなく、辛そうに眉をしかめた苦悶の表情。
斜めに伏した瞳は、完全に私から逸らしている。

「そんなことありませんっ!」

思わず大きな声が出た。

「高柳さんはっ……高柳さんは、私のことをちゃんと守ってくれました」

私はベッドから上半身を起こし、私の手を包み込む彼の手に、もう片方の手を重ねた。

「怖かった……でも、高柳さんが助けてくれたから、私……ちゃんと守られました。だから……」

重ねた手にギュッと力を込める。

「高柳さんは夫失格なんかじゃありません」

斜めに伏せられたいた瞳がこちらに向く。黙ったままじっとその瞳を見つめ返した。
それが私の偽らざる本心だと、ちゃんと伝わるように目に力を込める。

すると高柳さんが重ねている手とは反対側の手を持ち上げ、私の頬にそっとあてた。

ピクリとかすかに体が反応するのが、伝わったのだろう。高柳さんがその手を引っ込めようとする。
でも――

「触れてくださいっ」

叫ぶような私の声、彼の動きがピタリと止まった。
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