マリッジライフ・シミュレイション~鉄壁上司は妻を溺愛で溶かしたい~
(『分かった』って、誘いに乗ったの!?)

“鉄壁統括”じゃなかったの!?

そう叫びたい声をごくりと飲み込む。これ以上聞いては行けないのに、足がその場に張り付いて身じろぎひとつ出来ない。

うるさく鳴る心臓の音が下にいる二人に届いてしまわないかと、より一層息を詰めた時、再び低い声が聞こえてきた。

「君がしたいのは仕事の相談ではないとよく分かった。それならこれ以上話すことは無い。失礼させてもらう」

「そ、そんな……」

「言っておくが、“一晩”なんてとんでもない。業務外で“一分”だって君に割く時間はない」

聞いているだけで背筋か寒くなるほど冷淡な声がはっきりとそう告げた後、バタン、と扉が閉まる音がした。すすり泣く声とカンカンという鉄製階段を駆け下りる音が段々遠ざかっていき、私はやっと金縛りが解けたようにその場にしゃがみ込んだ。

(お…恐ろしい……)

噂に聞く“鉄壁統括”の実態を目の当たりにして、背筋に悪寒が走った。

(あの頃の彼とは本当に別人みたい……)

卒業してから今日まで、彼の間にいったい何があったのだろう。
気にはなるがそんなこと聞けるわけもない。

ゆっくりと立ち上がり腕時計を見ると、始業まであと五分を切っていて、慌てて階段を駆け下りた。




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