異世界にトリップしたら、黒獣王の専属菓子職人になりました
「言葉使いに無理は禁物だぞ。いつも通りでいい。……試験はおまえの力で勝ち上がってきた。俺はなにも言っていない。もしも、おまえより珍しくてうまい菓子を作る者がいたら、今この場にいるのはそいつになる」

肩から力が抜けてメグミはふっと息を吐く。

贔屓だったら菓子はどうでもいいのかと詰め寄りそうだった。

「いいか、メグ。俺は変わった菓子というよりは、他にはない唯一無二の珍しさがほしかった。もちろん、うまいことが最優先だがな。メグの和菓子が念頭にあったのはたしかだが、俺以外の評価がどうなるかも知りたかったんだ」

だから審査制なのかと納得がいく。メグミは最終まで残り、ここへ来た。

コンラートは再びフォークで刺して豆大福の残った片方を食べた。それを腹に収めると、今度は手を伸ばして残りを掴んで食べる。三個あったものはすぐになくなった。

「行儀が悪いと言われちゃいますよ」

「構うか。テツシバでは、まんじゅうは手で掴んで食べたぞ。中身は白あんだったがな。今回のものが小豆か」

「はい。小豆から作る“あんこ”です。家の庭で栽培していたものが、やっと収穫できました。これでいろいろな和菓子が作れます。どうぞ食べてくださいね」

「勿論だ。俺の方で栽培していたものも、かなりの量が期待できそうだぞ」

気持ちが浮き立つ。やはりこの国はメグミの故国と気候が良く似ている。四季があり、適度な雨があって、地面の下で流れる水が豊富だ。

この先も上手く育ってほしいと思うので、つい忠告めいたことを言ってしまう。

「乾かすのに注意が必要です。本には、広げて日干しにするけど、ひっくり返すのを怠ると虫がつくとありました。……もう読まれていましたね」

「あぁ。分かるのは絵だけだが、メグが説明してくれたからな」

 一度の説明で覚えるのも大したものだと思う。彼はそれくらい、真剣に考えている。

「あの、量が多いということは、収穫とか乾燥とかに人手が必要になりますね」

育つ途中でも、葉の様子を見て病気などの注意も必要だった。簡単に栽培できるとはいえ、手を掛けなければうまく育たない。

家の裏庭では入りきれない分量があるとコランに話したときに軽い調子で引き受けてくれたが、手間のかかるものをお願いしたようで申し訳ない気持ちになる。

もちろん収穫した小豆はコンラートのものだ。知り合いの畑で作らせてみると言っていたが、国王なら彼所有の土地で作っているのかもしれない。

どのように使うつもりだろう。考えてみれば、何のために小豆を栽培する気になったのか不思議だ。
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