異世界にトリップしたら、黒獣王の専属菓子職人になりました
毎日が明るい笑い声で過ぎていた。しかし商店街は、近くにある新幹線の主要駅のターミナルビル店舗に押されて日々衰退してゆくばかりだった。客は年々少なくなってゆく。

『たくさんの人に菓子を食べてもらって、美味しいと言われるとな、すぅっと天にも昇る気持ちになれる。お茶を飲んでほっと一息する時間のお供になれば、俺も頑張るかいもあるってもんだ』

客足が遠のく商店街でも、昔から作ってきた秘伝のタレにトプンっとみたらし団子を付けて相手に渡す時の哲二の幸せそうな表情は、恵の幼心にも焼き付いている。

彼女は、高校のときの進学希望用紙に、家業を継いで和菓子職人になりたいと書いた。父親が師匠だ。

しかし哲二は恵の申し入れを最初はダメだと突っぱねた。

「大学へ行け。この商店街は皆で頑張ってきたが、やっぱり近くに大きな駅があるし、デパートが幾つも改装したから先行きは暗い。分かるだろう? お客さんも少なくなっちまった。おまえが継ぐころにはシャッター商店街になるのは目に見えてる」

「和菓子が作りたいんだって。父さん、お願い。弟子にしてよ。店は私が守ってゆくから」

何度も話し合った。恵は父親に似て頑固だ。正座して頭を下げ、正面に座る両親に向かって額を畳にぐりぐりとこすり付けながら頼む。
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