白銀のカルマ
「あっ。代わります……」

「ん?」

「いいよ。手が荒れたら大変だろ」

「………アリガトウゴザイマス」

演奏終了後、山盛りの食器が溜まった店の台所で真っ先に鉢合わせたのは、先生の従弟でありここの従業員でもある正臣さんだった。

僕らは一つ屋根の下で暮らす仲だが、ほとんど話したことはなく、時々食事を持っていく程度でしか関わったことがなかったのだが、大切な手が荒れてはいけないと大変気遣ってくれた。

また『手』に引っ掛けて、さっきの演奏は聞き惚れてしまうほど美しかったと評価してくださった。

めったに会話を交わさない人からのこういったお誉め言葉は、大きな自信へとなる。

こういった出来事に背中を押された僕は、自由に表現することに一層磨きをかけた。

ずっと付きっ切りというわけでもなかったが、先生が傍で指導してくれる頻度が前よりも増えたため今まで以上に修正点も見つかりやすくなり、ピアノ教室の助手を兼業するうちにどうすればより良い演奏が出来るのかなど、客観的に考える機会も出来て何かと一石二鳥だった。

店で働き始めて3か月後。

僕の演奏を聞きに来てくれるファンもそれなりに出来、関連性こそはっきりしていないものの、ピアノ教室の方も生徒が以前に比べ増えたらしく、とにかく今最高に盛り上がっている状態だと言う。

あのまま下手に就活して自分に向いてもない仕事をしていたら、おそらく精神的にも肉体的にも地獄だったことだろう。

なので絶好の場を与えてくれた先生に感謝しかなかった。
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