夫婦はじめ~契約結婚ですが、冷徹社長に溺愛されました~

 なんとなく、春臣さんの胸に頭を預けてみる。
 微かに感じる鼓動と春臣さんの匂い。耳元で空気の音が聞こえて、ときどき耳朶を吐息がかすめていく。
 春臣さんの鼓動の速さに変化はないのに、私ばかり速くなっていくのを感じた。

 そもそもどうしてこの人は今、私を抱き締めているのだろう。

 気になる反面、聞いてしまえば律儀な春臣さんのことだから、私を解放してしまうかもしれない。
 もう少しだけこうしていたい。まだ赤いであろう顔をまじまじと見られたくはないし。

 そういうわけで、私は春臣さんの腕の中から動かなかった。
 春臣さんもまた、私になにを言うわけでもなくじっとしていた。

「春臣さん」
「ん?」
「……なんでもないです」

(呼んでみたくて。……理由は自分でもわからないけど)

 契約関係にある、形ばかりの夫婦。
 でも私たちの間には、少なくとも他人以上のなにかがある――。
< 107 / 169 >

この作品をシェア

pagetop