夫婦はじめ~契約結婚ですが、冷徹社長に溺愛されました~
 最後にそっと指が私の指に絡んでいった。
 春臣さんは私を見て、言う。

「だが、もういい。こうなった以上、一年も待つ必要はないだろう。……離婚してくれ」

 もう指先に春臣さんのぬくもりは残っていなかった。
 理由を聞きたい。けれど、理解している。
 私はこの人に大きな迷惑をかけてしまった。

「…………はい」

 たった一言を言うのにかなり気力を消耗した。
 一年なんてもっと長いのだと思っていたし、いつか遠い未来のことなのだと楽観視していたからだ。
 気付いてしまったこの気持ちは、いつでも伝えられるのだと思っていた。
 そうではなかったのだと、離婚を受け入れた今思い知る。

「……分かりました。これまでありがとうございました」
「奈子さん、春臣」

 進さんが戸惑ったように私たちを見る。
 無理もないだろう。
 この瞬間まで、私たちの関係が偽物だったと知らなかったのだから。

「私が原因なのに、庇ってくれてありがとうございました」
「お前は悪くない」

(……本当にありがとうございます)

 即答してくれる春臣さんが好きだった。
 ずっと私を信じて庇ってくれたのが嬉しかった。
 私の潔白のために、隠すべきだった嘘まで明かしてくれたのが本当に本当に嬉しかった。

(私、あなたが好きです)

 それを言う代わりに頭を下げ、涙を堪える。

「今日限りで秘書も辞めさせていただきます。……責任を取らせてください」

 春臣さんはしばらく黙った後、冷たく言った。

「……だったらもう部外者だな。出て行け」
「……はい」

 ごめんなさい――と何度も心の中で言ったけれど、声に出さなければ伝わるはずもない。
 進さんの気遣わしげな眼差しと、こちらへ向けられることのなくなった春臣さんの眼差しと――けれど意識されていることは感じながら、その場を後にした。
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