夫婦はじめ~契約結婚ですが、冷徹社長に溺愛されました~
「デザイナーのもとへ他の書類と一緒に送った方が手間にならないと思って……。だからデザインのことを知っているのは他にもいます……」

 もし、あの時心ない誰かがデザインを見てしまっていたら。
 他の書類とまとめて任せたりせず、私が最後まで責任を持って確認していれば。
 どこで誰が何をしたかは分からないけれど、私の行為が現状を引き起こしてしまったのは間違いない。
 背筋が冷えていく。

「私が原因です、よね」
「違う」

 すぐに否定してくれる春臣さんが――好きだった。

「お前は自分の仕事をしただけだろう。自分から横流ししたわけじゃない」
「――でも、その証拠ってないよな」

 進さんがひどく静かな声で言う。
 いつも快活なこの人がそんな声で話す所は、今まで一度も見たことがなかった。

「今の話を信じるなら、奈子さんは悪くない。悪いのは総務課にいる誰かだ。……けどさ、それが本当だってどうやって信じたらいい?」
「海理!」

 春臣さんが声を荒げる。

「奈子はやらない。やる必要がない」
「自分が騙されてないって言えるのか? ハニートラップって知ってる?」
「ありえない」

 幼馴染の二人が睨み合って、先に進さんが目を逸らした。
 その間も春臣さんは私の手を離さない。
 痛いほど強く握り締められ、そして――。

「――奈子とは契約結婚だ」

 え、と春臣さんに目を向ける。
 それは進さんに言わないはずの真実だった。

「だからスパイではありえない。俺が一番よく分かってる」
「春臣、お前……」
「一年で別れる予定だった。祖父さんの話が落ち着いた後に」

 握ってくれていた手が解ける。
< 76 / 169 >

この作品をシェア

pagetop