夫婦はじめ~契約結婚ですが、冷徹社長に溺愛されました~
 呼んだ瞬間、もうだめだった。

「っ……ごめ……ごめんなさい……ごめんなさい……」
「謝るな。……もう終わったから」
「私のせい、で……」
「違う」
「ごめんなさい……」
「奈子」

 以前、ここで泣いてしまった時と同じように涙を拭われる。
 しゃくり上げる私を、春臣さんは慰めてくれた。

「もしかしたら会えるんじゃないかと思って来てみたんだが……運がよかったな」

 子供にするように頭を撫でられる。
 大きな手のひらが心地良い。

「会いたかった」

 短い言葉は、多くの想いを秘めて私の鼓膜と心を震わせる。

「もう一度会いたかった」

 噛み締めるように言うと、春臣さんはまた私の涙を指で拭う。
 囁かれる声も触れる指先も、全部が愛おしい。

「好き……好きです」
「…………は」

 言えば離れられなくなる。
 でも、言わなければもう二度と伝えられなくなる。

「春臣さんが好きです……」

 優しさに甘えて胸に縋りつく。
 一度覚えてしまったぬくもりを、確認したかった。
 これで終わりになるのなら、いっそ忘れられなくなるくらい深く刻みたかった。

「ごめんなさい……」
「……確かに今のは謝る所だな」

 春臣さんが苦笑いして言う。
 そして、私の鼻をちょっとつまんだ。

「先に言わせてほしかった」
「え……」
「俺もお前が好きだ。あの日、ここで言いたかった。やっと言えたな」

 する、と春臣さんが私の手を包み込んでくる。

「あの家に戻ってきてくれ。お前がいないと寂しいんだ」
「……っ、だめです。私のせいで迷惑をかけてしまったのに……」
「運が悪かっただけだ。確かに不用心だったが、まあ仕方がないだろう」
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