あの日の空にまた会えるまで。
一つのカップアイスを半分こしたこともあった。
お祭りだって行った。
映画もそう、水族館も、ただ散策したこともあった。一つ一つの思い出はきちんと私の心に刻まれている。
けれど、キラキラと輝くその思い出が、終わり方次第で色を失くしてしまうこともあるのだ。
ならば私は、この手を掴んでくれなくとも、これで最後なのだとしても、笑ってさようならを伝えたい。色を失くすことのない思い出として、心の中に留めておきたい。
「中学生活最初の恋が、奏先輩で良かった」
他の誰でもない、奏先輩で良かった。
それは本心であり、真実だった。
切なげな表情を浮かべる奏先輩と視線が交わる。私は屈託のない、影のない笑みを見せた。
「ありがとうございましたっ」
きっと、この時の私は心からの笑みを浮かべていただろう。
変わらず胸は痛むというのに、悲しみも、寂しささえ湧いてこなかった。
それは、覚悟を持って此処にいるからか。終わりにすると決めた覚悟と決意はここまで強くさせるのかと自分でも少しだけ驚いてしまう。
視線を逸らして俯いた奏先輩の表情はもう見えない。その代わりに届くのは小さな声で。
「……俺のこと、責めないんだね」
「え?」
「あんな最低なことしたのに、なんでそういうこと言えるのかな、ほんとに」
それはまるで独り言のようにも思えた。
「……責めてくれた方が、マシなくらいだ」
「奏先輩…?」
「あおちゃん」
切なげな瞳を向けてくる奏先輩が言う。
「これだけは分かって欲しい。俺は決して、あおちゃんをもてあそんだり、適当に接してたわけじゃないんだ。俺にとってあおちゃんは、大勢いる後輩の1人でもない。可愛くて、大事で、本当に心から大切にしたいなって」
「…っ」
「俺が言えることじゃないのは分かってるけど、大切だったんだよ、本当に」
「…奏、先輩」
「だから、俺も楽しかった。中学生活3年間の中であおちゃんと過ごした1年は一番充実した1年だった」
どこまでも優しすぎて、時に残酷な優しさを向けてくる奏先輩だけど、私がこの1年を楽しかったと思えるように、先輩もそう思ってくれるのなら、それで良いと思える。
「……傷付けてごめん。振り回して、本当にごめん」
首を振る。
何故嘘をついたのか、どうして優しくしてきたのか、ここに来るまでは聞こうと思っていたけれど、それを口にすることを私は止めた。
もう伝えたいことは伝えることができた。終わらせることができたものに、これ以上何が必要だと言うのか。たとえそれらを聞いたとして、余計に溝ができる気がした。
大切だったと、楽しかったと、そう言ってくれた。
それでもう、十分だ。
「……奏先輩」
鞄を開けて目当てのものを探す。それはすぐに見つかった。
カサッと微かに音を鳴らした小さな小さな紙袋。それを奏先輩に差し出した。
「いらないお世話かなとは思ったんですけど、これだけ渡したくて」
「なに?開けていい?」
「はい」
奏先輩は、カサカサと音を立てながら器用にテープを剥がして中に入っているものを取り出す。
そこにはーーー。
「……お守りだ」
奏先輩の手のひらにあるのは、青色の合格祈願のお守り。
「冬休みの間に真央と初詣に行ったのでその時に買ったんです」
お守りを購入したときの真央は少し嫌そうな顔はしていたけれどそれでも優しく笑ってくれていたのを思い出す。
「受験、頑張ってくださいね」
お守りを見つめる奏先輩が苦しそうに一瞬だけ顔を歪めた気がした。