あの日の空にまた会えるまで。
「このボタンはあおちゃんにあげる。ちゃんと渡す。でも…」
「……」
「渡すのは、卒業式の日でもいいかな」
まるで伺うような視線を向けられる。
「1年生は俺たちの卒業式には出ない。あおちゃんにはわざわざ学校に来てもらうことになるけど、卒業式の日に渡したい」
「でも、」
「うん、これは俺の我儘。分かってる。たとえもう2人になることはなくても、卒業式まではあおちゃんとの繋がりを持っていたいんだ」
まだ繋がりだけは終わりにしたくない。
せめて、卒業式まではーーー。
そんな奏先輩の想いに触れて微かに心が揺れる。
視線を外した自分に、奏先輩は困ったように続けた。
「それに、今ボタンを取ると受験でちょっと困るというか…面接もあるからっ」
「っ!」
それは大変だ。それだけは駄目だ。
「そ、それを先に言ってくださいよっ」
「ご、ごめん…」
そうだ、良く良く考えれば確かに今ボタンを取ってしまうと受験に支障をきたしてしまう。面接があるのならなおさらだ。ピシッとしなければいけない場面でボタンがありませんでは示しがつかない。なんて考えなしなのか、私は。
「こればっかりはどうしようもないので卒業式の日でいいです。ボタンが欲しいって言ったのは私ですし」
「ごめん。ついでにその日に報告するよ、受験結果」
「卒業式までには分かるんですか?」
「うん。お守りがあるからきっと受かる」
そう言って、鞄につけた青色のお守りを優しく撫でる。
「ありがとう、あおちゃん」
「…いえ。こちらこそ、1年間ありがとうございました」
「あおちゃん」
「はい?」
今日一番優しい笑みを向けられる。
「楽しかったよ。楽しい1年だった。本当にありがとう」
「奏、先輩」
じわりと、涙が浮かびそうになったのを必死に抑えた。
きっと先輩は私が泣きそうなことに簡単に気づくだろう。けれど奏先輩の優しい笑みは何も変わることなく、その瞳は慈愛に満ちていた。
「卒業式の日、待ってる」
「…はい」
俯いたままそう返した自分に、奏先輩はニッと笑っていつものように大きな手のひらで頭を撫でてくれた。
その手のひらはいつだって、あたたかかったーーー。
だから、本当に想像すらしていなかったんだ。
奏先輩の心の中にあったものが、どれだけ重く、辛く、闇に染まっていたのか。きっと私は、終わらせるために必死で、前に進むためにただ一生懸命で、奏先輩の心の中を覗くことができなかったのだろう。結局のところ、自分のことしか考えていなかった。
奏先輩の本当の想いを、知らなかったのだ。
だから、あんなことになることに、自分はなにも気付きもしなかった。