擬似結婚ー極上御曹司の一途な求愛ー
だからそうしようと思えども、動揺と緊張のあまりに喉が固まってしまって唇がわなわなと震えるばかりだ。
掃除婦は亜里沙が見ていることにまったく気づいていない。それだけ探し物に夢中なのだろう。スパイにしては警戒心が足りない気もする。
そう思えば少し冷静になってくる。
──やっぱり彼に気づかれたら駄目だ。なにかが始まる前に私が食い止めなくちゃ。
彼を危険な目に合わせたくないし、面倒なことに巻き込みたくない。そう思ったからこそ、亜里沙は焦燥感に苛まれてここまで来たのだから。
それに今の状態では、引き出しを閉めて『掃除をしているだけです』と言われてしまえば、事はうやむやになってしまうかもしれない。
スパイならば絶対的な証拠をつかまないとならない。そして理由を尋ねるのだ。
そう決め、息をひそめてこっそり動向を観察していると、掃除婦が手にした資料をデスクに置いた。
そしてマスクを外して三角巾を取る。束ねた髪をふわりと解し、にこやかな笑みを浮かべて椅子に座った。
──やっぱり連城さんだった!
デスクに置いた資料を見てメモを取っている様子だ。亜里沙は好機とばかりに思い切りドアを開け、部屋の中に身を躍らせた。
物音にぎょっとして肩を揺らした連城が顔を上げ、亜里沙を認めるとみるみる表情を歪めていく。