擬似結婚ー極上御曹司の一途な求愛ー

 ここに来るのは二度目。以前は経理課長と一緒だった。横領疑惑がかかっていたあのときは、緊張のあまりにどうやって歩いたかも覚えていないくらいだ。それより今日は幾分か気持ちが落ち着いている。

「失礼しま~す」

 誰に聞かせるでもない、ささやくような声を出してドアノブを捻った。

 音を立てないようそっとドアを開けていくと、通常は秘書が使うであろうデスクが見える。思った通りそこには誰も座っていない。

 さらにドアを動かしていくと、白い服を着た人の背中が亜里沙の目に映ってぎょっとし、漏れそうになった声を懸命に抑えた。

 ──え、ちょっ、なにしてんの!? スパイ!?

 三角巾を被り長い髪を束ねたその人は。棚の引き出しを開けては漁り、なにかを探しているようだった。

 そこには普段なにがしまってあるのか亜里沙には知る由もない。が、機密資料とは言わないまでも大切なものがあろうことは分かる。

 掃除婦が〝社長室の〟中に入りたがった理由は、会社の資料を盗み見ることだったの?

 ──なんの目的で? どうしようっ。

 心臓が踊るように脈打ってドアを支える手も震えている。

 いきなり声をかけたら逃げられてしまうか、殴りかかってくることもあり得るし、最悪には武器を隠し持っていることも考えられる。

 大声を出せば、きっと奥の部屋にいる彼が出てくる。
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