Sランクの年下旦那様は如何でしょうか?



「どうして、何も聞いてくれないの?」

 暗い室内でも、ベッド横に置いてあるサイドボードの上には灯りがともされている。私は窓に張り付いたまま、匠くんの言葉の意味を考えていた。

「僕に興味ない?」

 そんなはずがない。私は四六時中匠くんに興味津々で、質問ばかりが頭に浮かんでいる。でもそれは、私の妄想の中でしっかりと答えを出しているから。だから聞く事なんて何もない。聞きたいのは寧ろ、私の心のほうだ。

「___ない」

 そう言うと決めている。匠くんとは別れを告げたんだ。優しい言葉も、愛を呟くこともしないと決めたんだ。
 いつの間にか俯きながら、カーテンを握り締めていた。心と体が分離してしまったみたいに、自分の行動に自分で驚いてしまう。身体のほうがずっと正直だ。

「本当?」

 ゆっくりと近付いてきた匠くんの長い指がカーテンを掴む手に絡まり、そして握られた。お酒で火照った私の手よりも熱いその手を、振りほどくことなんて出来ない。

「私たち何で出会っちゃったんだろうね」

「後悔しているの?」

「うん」

 重ねられていた手が私の言葉に驚いたようにピクリと動いた。私のカーテンを握る手は、汗でびっしょりになっている。

「独り言。誰にも聞かれたくないの。耳、塞いでいてくれる?」

「・・・」

 返事はない。でも今回は可愛い顔で、「嫌だ」って言われても許してあげないつもり。重ねられている左手を軸に回転すると、オレンジのライトに照らされた匠くんと目が合う。そこに子犬の匠くんはいなくて、こちらを見下ろす表情には憂いが含まれている。久しぶりにちゃんと顔を見た。いつも心が揺らいでしまうから、視線を外して喋るようにしていたから。久しぶりの匠くんは、少し痩せた気がする。

「耳、塞いで?」

 再度お願いをすると、両手首を掴まれてそのまま私の手が匠くんの耳元を覆った。近い距離にときめきが止められなくて、下唇を噛む。匠くんは何も言わずに、耳元を塞いでいる私の手に自分の手を重ねた。私の手はすっぽりと隠されて、指と指の間に匠くんの指が絡められた。

「いいよ」

 掠れた声と吐息が降ってきて、綺麗な顔に思わず見とれていた。ぱちぱちと瞬きをする動きでさえ、匠くんはじっと見つめてくる。やっぱり私は、匠くんには敵わない。ふっと短く息を吐いて、匠くんと視線を合わせる。聞こえないように手に力を入れれば、隙間に入り込んだ匠くんの指にもぎゅっと力が込められた。


「沙也加さんの代わりじゃなくて、私を愛して欲しかった」

「・・・」

「どうしようもなく好きな人に、私がなりたかった。バイバっぃ」

 途端泣きそうな顔をした匠くんに正面から強く抱き締められていた。まだ、さよなら言いきれていなかったのに。



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