夜空に君という名のスピカを探して。
「最愛の娘を失って母親デメテルは心を閉ざし、世界中の草花は枯れ、木々は実をつけなくなった」


 想像していたハッピーエンドとはかけ離れた内容に、物語の雲行きが怪しくなる。

デメテルの心が救われなかったらどうしようかとハラハラしながら、彼の言葉を待った。


「だから大神ゼウスは、ハデスに娘を返すよう言うんだ」

『じゃあ、デメテルは娘を返してもらえたの?』

 ほっとしたのもつかの間、彼は「いや」と首を横に振る。

「これが、またひと悶着あった。デメテルの娘は冥界の柘榴を食べてたんだよ」

『それがなにか問題なの?』

「大問題だ。冥界の食べ物を口にした者は、二度と地上の存在になることはできないっていう掟がある」


 ということはデメテルの娘は勝手に攫われたのに、柘榴を食べてしまったがためにお母さんのところに戻れないということだろうか。

理不尽な話にもほどがある。


「でもゼウスの計らいで娘は一年のうち柘榴を食べてしまった数だけの月、つまり四ヶ月間を冥界で過ごすことと引換えに娘を返してもらえることになった」

『ふうん、条件つきってわけね』

「そうだ。で、女神は娘が帰ってくる間だけ心を開き、地上にも暖かさと実りが戻った。それが春が出来た起源と言われている」


 そう教えてくれた宙くんだけれど、どうしてこの話を私にしたのだろう。

疑問に思っていると、彼は憂いを含んだため息をついて呟く。


「俺の心も……同じだ」

『宙くんの心?』


 それって、どういう意味? 

そんな意味を込めて聞き返すと、宙くんが苦笑いを浮かべて空に手を伸ばした。

翳した手には、スピカが重なる。

まるで愛でるように優しく、なぞっていた。


「楓がいなくなったら、まるで冬みたいに心が凍える。楓がいるから、俺の心には春の優しい風が吹くんだ」

『なに、それ……』


 やめて欲しい。

この想いは伝えてはいけないものなのに、口が滑ってしまいそうなほど、あふれて止められない。


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