夜空に君という名のスピカを探して。
「なんで、髪に触れとか言ったんだ?」

『宙くんの髪とか、どんなだったか忘れないようにだよ』

「っ……楓だけずるいだろ。俺もお前に触れたかった」

『私に触れる身体があれば、よかったんだけどね。でも、私たちは心で触れ合ってる』

「楓……そうだな」


 極めて優しく、真綿のように柔らかい声だった。

彼は藍色の天を仰いで、あの星をじっと見つめている。

今日見たニュースではゴールデンウイーク最終日の今日、五月七日は月と木星が接近し、スピカとの共演が楽しめるのだとか。


「楓、スピカの星の話、覚えてるか?」

『それって乙女座を作る星の中で、最も明るい星って話?』


 それとも北斗七星とアークトゥルスまでの長さを同じ分だけ伸ばした場所、宙くんに教えてもらったスピカの見つけ方のことだろうか。


「あぁ、そうだ。記憶力はあるみたいだな」

『ちょっと宙くん、私のこと三歩歩いたら忘れるニワトリだと思ってるでしょ』

「挽回したいなら、これからする話も忘れるなよ」


 こんなときまで、私の扱いのひどさは変わらない。

でも、このやりとりが楽しい。

君の毒舌がないと、物足りなく感じてしまうくらいには彼に依存している。

だから私は口では文句を言いながらも、笑ってしまうのだ。


「スピカは豊穣の女神デメテルが、左手に持つ麦の穂とも言われている」

『神話も好きなの?』

「まぁ、星のことだからな」

『星、本当に好きだよね。で、続きは?』

『ある日デメテルの娘が花を摘んでいると、冥界の王ハデスが自分の妻にしようと冥界の宮殿に攫うんだ」


 宙くんが話すからだろうか。

その神話に引き込まれて、私は興味津々に耳を傾ける。

星のひとつひとつに物語があるなんて、ワクワクしないわけがない。

デメテルの娘は、その冥界の王様と恋に落ちるのだろうか。

すでに頭の中は、その先の物語を綴りたくてしかたなくなる。


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