最愛なる妻へ~皇帝陛下は新妻への愛欲を抑えきれない~
二匹に増えた狼を眼に映し――『不覚』、そんな自省が頭をよぎった。
狼は群れで行動する生き物だ。最初の一匹と遭遇した時点で、他に仲間がいると警戒すべきだった。
右腕がジンジンと痺れるのを感じる。神経をやられたかもしれない。動くことは動くが、力を入れることも震えを止めることも出来なかった。
(銃は使えないか)
イヴァンは腰に帯刀していたサーベルを抜くと、左手に持ち替えて柄を握りしめた。
利き腕をやられ二匹の狼に囲まれても、その瞳には恐怖もあきらめの色も浮かんでいない。あるのは戦う意志と、未来を切り開くことを信じている希望だけだ。
「――俺はこの巨大な雪の国に君臨する王だ。きさまら獣ごときが貪れる相手ではない」
純白の雪に滴る赤い血を落としながら、イヴァンはサーベルを構えて対峙する。
「皇帝に爪を立てた罪。そして、かつて偉大な皇太子を無残に屠った罪。今ここで俺が直々に購わせてやろう――死ね」
イヴァンが一歩踏み出すと同時に、狼が突進してきた。
いつしか雪と風は激しさを増し吹雪に変わろうとしており、春を謳う小さな花に容赦なく吹きつけていた。