最愛なる妻へ~皇帝陛下は新妻への愛欲を抑えきれない~
 
イヴァンは一瞬呼吸をすることさえ忘れた。

奇跡の訪れに、ローベルトの導きを確信せずにはいられない。

「やはり俺を呼んだんだな、ローベルト。そして……ここが、お前の最期の場所だったんだな……!」

心の中に猛烈な悲しみと怒りが湧き上がる。ローベルトはここで命を落とした。今のイヴァンと同じく、巨大な狼に襲われて。

物言わぬ肉塊になった兄の姿がまぶたの裏に甦り、イヴァンは全身が震えた。この狼が兄を襲ったものと同一とは限らないと分かっていても、憎しみが募っていく。

イヴァンは脚の痛みすら一瞬忘れ、構えていた猟銃の引き金を引いた。

しかしその瞬間、背後から新たな灰色の風が迫り、イヴァンの肩口を抉って吹き抜ける。

「――ぐ……っ」

銃弾は狙いから大きく逸れ、森に銃声を響かせただけだった。

イヴァンの右肩に焼けつくような痛みが走り、鮮血が噴き出す。途端に右腕に力が入らなくなり、銃が音もなく雪の上に落ちた。

イヴァンは額にじっとり汗が滲むのを感じながら、唇を噛みしめて正面を睨みつけた。
 
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