最愛なる妻へ~皇帝陛下は新妻への愛欲を抑えきれない~
そんな彼女を見てイヴァンは気まずそうに視線を逸らすと、手にしたグラスのウォッカをひと息に煽ってから呟いた。
「……昔から美しすぎる妻を持つ夫は苦労が絶えないというが、その通りだな。お前のエレガントさを世に知らしめたいと思っていたが、いざ男どもの熱い視線が向けられると案外平常心ではいられないものだ。俺はこれから死ぬまでこの葛藤と闘ってゆかねばならないのか」
ナタリアはしばらくポカンとしてから「……まあ」と零して頬を染めた。
今のナタリアにとってイヴァンは少し萎縮してしまうほど完璧な人間だ。辺境の城で浅い夢にたゆたっていた自分を現実に引き上げ、王女としての生き方を取り戻してくれた。それはまさに自分を生まれ変わらせてくれた神にも等しい。
いつも自信にあふれ強気でナタリアを導いてくれた彼にも、こんなふうに弱い心があったことがナタリアは嬉しくて少しだけくすぐったい。
「どれだけたくさんの殿方に見つめられても、私がイヴァン様の妻であることには変わりありませんわ」
はにかみながら隣に立つイヴァンのテイルコートの裾をツンと摘まんで言えば、彼の切れ長の目が丸く見開かれた。
直後、ナタリアは自分の発言の厚かましさに気づいてハッと口を手で押さえた。イヴァンがナタリアを妻にすると言っているだけで、ふたりはまだ結婚したわけでも婚約したわけでもない。それなのに図々しくも自分の口から『妻』を名乗ってしまったことに、ナタリアは恥じて顔を俯かせた。