食べたくない私 と 食べさせたい彼【優秀作品】
「由亜… 」

「石井さん、知ってたんですか?」

私は、女将さんの声を無視して、カメラを担いだままの石井さんを睨み付ける。

「悪いな。
アポを取った時に、女将さんから聞いたよ」

そう。
ここの女将さんは、中学生の時にいなくなった私のお母さんだった。

「由亜、ごめんなさい。
ずっと謝りたかったの。
でも、今さら、由亜に合わせる顔が
なくて…」

私が口を開く前に、石井さんが口を挟んだ。

「堀川、俺、機材を片付けてるから、お前、
ここで少し休んでろ」

石井さんは、私の返事を待つことなく、店を後にする。

石井さんなりに、気を遣ってくれたのかな。

「お母さん、もういいよ。
私、もう子供じゃないし」

お母さんは、あの日のことを話してくれた。

お母さんには、好きな人がいて、私を連れてその人と一緒になりたかったこと。

でも、お父さんがどうしても私を手放してはくれなかったこと。

4年前にその人は亡くなったこと。

それから、一人で店を始めて、今日まで頑張ってきたこと。

私のことを忘れたことはなかったこと。

中学の卒業式、保護者席にこっそり座って見ていたこと。

近所の(その)ママから、私の進学先を聞いて高校の合格発表も見に来てたこと。

店の名前は、私の名前から付けたこと。

「もし、由亜さえ良ければ、一緒に
住まない?」

母はそう言うけれど……

「ごめん。
それは、お父さんがかわいそうだから…
でも、時々、遊びに来る。
また、筑前煮、食べさせて」

私は断った。

お母さんにはお母さんの譲れない思いがあったんだとは思う。

私も大人になったから、それが全く分からないわけじゃない。

でも、それでもやっぱり、お母さんがお父さんを裏切った事実を消せるわけではない。


石井さんは、いつもなら10分もかからない片付けに30分もかけてくれた。

こんな風に、いつもさり気なく気遣ってくれるからから、私は……
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