食べたくない私 と 食べさせたい彼【優秀作品】
 車に戻り、社に戻る間も、石井さんは何も聞かなかった。

「今日の晩飯、何にするかな?
鍋とかどうだ?」

石井さんは、他愛もない話を始める。

「筑前煮」

「ん?」

「筑前煮、作りますよ」

私は言った。

「お前、料理できないんじゃ
なかったのか?」

「最後に家で料理をしたのは、中学生の時
ですから、味の保証はしませんよ?」

中学生までは、私は母と一緒に時々料理をしていた。

でも、私に内緒で離婚を決めた両親に対する反抗心から、父が料理が出来なくてどんなに困っていても、私は決して台所には立たなかった。

台所は、私を捨てた母を思い出す忌まわしい場所になったのだ。

だけど、もう、それもやめよう。

もう、前に進んでもいい頃かもしれない。


その夜、私は、石井さんの家で、初めて料理をした。

だけど、頑張ってはみたものの、昼に食べた母の筑前煮には、何かが足りない気がする。

なんだか、すごく悔しい。

「今度、もう一度、母に筑前煮の作り方を
教わってきます」

私がそう言うと、

「じゃあ、楽しみにしてる」

と石井さんは、笑った。

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