愛され秘書の結婚事情

 今朝出掛けた時と同じ、ダークグレイのスーツにネイビーの小物を合わせたファッションの悠臣は、スーツよりも暗い顔色で現れた。

「おはようございます」

 形式的に七緒が頭を下げるも、彼はただ「うん」としか言わない。

 そのまま茫とした顔つきで自室に向かいながら、時折、「はぁ~~~……」と長く重い息をつく。

(これは間違いなく……会長に反対されたんだわ……)

 もしかしてと恐れていたことが現実になったと思った七緒は、部屋に入るなり「常務」と上司の背中に声を掛けた。

 悠臣は憂鬱な顔を隠そうともせず、「ん?」と首だけで振り向いた。

「あの……会長とは、お会いになられたんですか」

「ん……ああ、会ったよ」

 自席でなく来客用の応接ソファに腰を下ろし、悠臣はそこでまた、「はぁ~~~……」と溜め息をついて両手で顔を覆った。

 その脇に立った七緒は、「では私とのこともお話しに……」と重ねて聞いた。

「うん、話した。秘書の佐々田さんにプロポーズしてオーケーを貰ったから、彼女といずれ結婚するつもりだって。母にももう紹介済みで、金曜日から一緒に住んでるって」

 疲れ切った表情のまま、悠臣は正直に答えた。

「君が里のご両親に、望まない結婚を強要されて困っていたことも。うちの会社を愛してくれて、秘書の仕事を続けたがっていることも、全部話した」

「……左様ですか」

 悠臣同様に意気消沈し、七緒はうつむいた。
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