愛され秘書の結婚事情

5.


 日曜日。

 四月下旬の松江市は桜の木も葉桜に変わり、爽やかな初夏の風が薫る行楽日和だった。

 人気の観光スポットをやり過ごし、七緒はタクシーの後部座席から懐かしい景色を眺めた。

 上京して八年。ここ数年は盆正月さえ、まともに実家には帰っていない。

 四年前の恩師の還暦祝いに、松江市内のホテルのパーティーに出席した際も、実家には前日一泊しただけで、パーティーを終えた後はそのまま空港に直行した。

 その前に帰ったのは身内の葬儀だった。

 上京して二年後に父方の祖母が亡くなり、母から訃報を聞いた七緒はその日の夜に帰郷した。

 しかし祖母の通夜の席で、「そろそろこっちに戻って来い」「いい加減身を固めて親御さんを安心させてやれ」と親戚連中からこぞって小言を言われ、うんざりした。

(あれが原因だったな……)

 海を思わせる地元の湖の水平線を見つめ、七緒は憂鬱な表情で息を吐いた。

 ただ静かに祖母の死を悼みたかったのに、通夜の時も葬儀の後も、彼らは七緒にその時間を与えてくれなかった。

 佐々田家の分家は同じ島根県内に四つあり、それぞれの家に長男がおり家を継ぐことが決まっていたが、本家である七緒の家だけが長男の竜巳がまだフリーターでフラフラしていた時期で、皆の期待は長子の七緒一人に注がれていた。

(お母さんがさり気なく助けてくれたけど……お母さんも、男児を一人しか産まなかったってことで非難されてるし……。ホント、あの古臭い価値観だけは苦手……)
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