太陽に抱かれて
「まあ、でも、パリか。それならいいわ」
どうやら瑣末を納得したらしい沙希は、うんうん、と電話口で頷いている。
「ごめんね、心配かけて」
「いいのいいの。無事がわかったから。初めは、本当心配を通り越してイライラ、ももの実家まで押し掛けようと思ったけど。まあ既読無視も未読無視も、今に始まったことじゃないしね」
「……返す言葉もございません」
肩を竦めて降参の構えを示すと、それを目の当たりにしたかのように、沙希はふふん、と鼻を鳴らした。
「むしろ、今そっちに居るって聞いて、“やっと”か、と思ったよ」
やっと、その言葉に、ももはやかんをコンロに置くと動きを止めた。だが、それは一瞬で、すぐさま、「そう?」と続けた。
「そ。だって、もも、将来フランスに住んでみたいって言ってたじゃん」
「……そうだね」
「おぼてえてる? 私と二人で旅行したとき、自分の国みたいだってはしゃいでたの」
そう、フランスを訪れるのは、これが、初めてではない。
「おぼえてるよ」
ももは弱々しく口にして、つまみをひねる。シューっとガスが漏れる音がする。携帯を耳と肩に挟みながら、キッチンに置いてあるマッチ箱から一本とりだすと、火薬を擦って火を付けた。
マッチなど学生時代の理科の実験とかでしか使った記憶がなく初めは戸惑ったものだが、一ヶ月もするともう慣れたものだ。
バーナー部分に小さな炎を差し出すと、ジュッと音を立てて、火が点いた。火傷しないよう、すぐさま手を引っ込めるのも、お手の物。
「本当に、夢に満ちた街だったから」
マッチ棒をぶんぶん、と振って、鎮火する。ゆるやかに立った煙を、しばらくももは眺めた。
「ももがそっちにいるなら、ちょっと安心」
先ほどまでの弾丸の舌はしまいこまれていた。子どもの頭を撫でるようなやさしい声色に、自然と視線が落ちる。
「ごめんね、心配かけて」
ううん、と沙希は言った。
「ももは、好きに生きていいんだよ」
ももは瞳を閉じた。沙希のほんの少し潤んだ言葉が、目の奥を、喉の奥をギュッと掴む。
「ありがとうね、沙希」
「たっくさん、楽しんできなよ。それこそ、なにもかも、どうでもよくなるくらい。そんで、お土産はアンティーク柄のカフェ・オ・レ・ボウルとクスミティーのデトックスのやつね」
いつもの調子の友人に、ももはゆっくりとまぶたを擡げて、くすりと笑う。
「わかった。探しておく」
危険なことだけはやめてよね、と最後に念を押されて、わかってる、とももは答えた。