太陽に抱かれて
電話を切ったあと、ため息に似た小さな吐息が冷え切った唇から漏れた。
「そう、わたし、フランスにいるの」
とん、とん、とシーツを指先で打って、ももは呟く。
やかんが今にも悲鳴を上げようとしていた。
初めてフランスを訪れたのは、大学二年生のときだった。それがももにとっての、初の海外旅行であり、初の大きな冒険でもあった。
大学は、高校の指定校推薦を利用して、フランス文学科に進学。本当は英文科を志望していたが、高校二年のときに母が、そして三年生の夏に、父が脳梗塞で倒れたために——幸い、投薬治療を続けてはいるが、今では二人ともピンピンしている——少しでも早く、そして楽に受験を終わらせたくてその結果に至った。とはいえ、仏文科に進学したことを、ももは今でも後悔してはいない。さほど流暢に言葉を話せるようになったわけではないが、彼女が外の世界を知る大きなきっかけになった。
それはさておき、渡仏の話に戻る。一度目は二十歳の夏。友人の沙希とだった。初めて日本以外の地に降り立ったともあって、その感動はひとしお。それこそ、沙希が言ったように、大きなはしゃぎようだった。
凱旋門にエッフェル塔、オペラ座に、ルーヴルに、ベルサイユ。有名な観光地はひととおり巡った。もちろん、シャンゼリゼ通りで、あの華やかなシャンソンを歌いながら踊るように歩いたりなんかもして。
これまで訪れたことがないなど、うそみたいにももはフランスに溶け込んだ。帰る飛行機の中では、シャルル・ド・ゴールの滑走路を眺めながら「絶対にまた、帰ってくる」と誓っていた。
そして、その誓いは今となって、見事に果たされたわけであるが、かつての夢の街が、あの頃のままなのかどうか、ももには判断しかねた。
なにせ、彼女はあらゆることを失っていた。
結婚を約束したパートナーも、職も、それから、新たな希望すらも。