続・政略結婚は純愛のように
「さっきの挨拶から女子に囲まれている今も、社長がちらちらとこっちを睨んでいるじゃないか」

 そんなこと言われても由梨にはわからない。
 さっきからほとんど隆之を直視できないでいるのだから。

「…主任ったら、やめて下さいっ」

由梨は小声で言って机の下の黒瀬の肘を押し返した。

「今井さん二人で訴えようか、こんな性格の悪い主任の下では働けませんって!」

酒を飲んでいつもより陽気な天川が笑いながら言う。
 何人かがはやしたてるように手を打った。

「じゃあ、こちらからも訴えようか。性格の悪い部下に苦しめれてるって」

黒瀬もどこか陽気に笑いながら答えた。

「一番大変なのはそのお二人の間に入る今井さんでしょう」

と誰かが突っ込んで、周囲が笑いに包まれる。
 由梨も一緒になって笑いながら、ありがたい気持ちで胸がいっぱいになった。
 昨年の今頃は、父が亡くなったばかりでいつ東京へ呼び戻されるかという不安で押しつぶされそうだった。
 年が明けて、隆之にプロポーズされてから沢山のことが変わっていったのだ。
 苦しいことも多かったけれどその分だけ生きているという充実感に満たされた一年間だったように思う。
 今までの人生で感じた何倍もの喜び、悲しみ、怒りを感じた。
 そのどれもが今の由梨には愛おしくてたまらない。
 ひとしきり笑ったあとふと隆之を見ると穏やかな眼差しでこちらを見ている彼と目が合った。
 あの眼差しに導かれるようにしてここまで来たのだと思う。
 もし挫けそうになったとしてもまたすぐに思い出そう。
 側にはいつも彼がいることを。
< 166 / 182 >

この作品をシェア

pagetop