さよなら、片想い
「引き継ぎや教育指導があるからまだ先の予定だ。でも、四月には社内に話が広まりそうだから、名取さんには先に言っておこうと思って」

 すべてが決まっているふうな口振りだった。

「いつから」

「ん?」

「いつから、考えていたんですか」

「考えていたわけじゃない。でも心が決まったのは今月初めかな」


 発端は岸家での年始顔合わせだったそうだ。
 私もちらっと耳にした、兄嫁の父親が同業他社の重役だったという話。
 その方が自分の勤める会社にどんな伝え方をしていたのかは知らないけれど、引き抜きのような形で岸さんのところに話が降りてきたんだとか。
 岸さんはやんわりと断り、その方も一定の理解を示したのだけど、そのときにはさらに上の人と現場とが独自に動き出していたんだとか。

「それがうちの社長の耳に入って、いったいどういうことだと話し合いの場が持たれたわけ。母がパートの仕事にしばらく来なくていいと言われたのが今月の初めで、さすがにこれはもう、続けられないんだなとわかった」

 人があいだに何人も入って、最初の岸さんの意志とは違う結論が出たと知り、私は言葉が見つからない。

「そんな顔するなよ」

「だって」

「俺が決めたことだ」

 言い切られるともうなにも言えなくなる。
 それって辞めさせられるのとどこが違うんですか。
 岸さんが私の頭を撫でた。私の考えていることなんて見通しているようだった。
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