さよなら、片想い
 宏臣の浮かれモードはそれだけにとどまらなかった。

 職場で事務担当のヒサコさんに終業後に店舗に行くように言われた。



「来客みたいだから早めに片づけはじめていいよ」

「そうなんですか? なんだろ」



 普段は終業のベルが鳴ってから筆や筆洗器などを洗い、電熱器のプラグが抜けているのを確認して帰ることにしている。

 洗い場を使える人数も限りがある。
 大卒で入って二年目、ここでは一番下っ端の私は、先輩方が済んでから席を立つようにしていた。

 ヒサコさんがああ言ってくれたので、道具を手早くしまうと終業と同時に部署を出た。




 店舗、こと和装全般の小売店『はなぶさ』では若い女性が販売員たちに囲まれているところだった。

 あれも似合う、こっちはどうかと、丸巻き状態の反物を身体にあてがわれている。
 女性のほうもはにかんだ笑顔を見せている。この人が私のお客様?

 勤務先とはいえ私は製造部門の人間なので、店舗に入るのはこれで二度か三度目だ。


 どこで待機すればいいのかと、自動ドアをくぐった脇で視線をさまよわせていると、
「結衣!」
と、力強い声で名前を呼ばれた。笑いをかみ殺した様子の宏臣がいた。


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