ねぇ・・君!
梅の日に歩く旅
この日、英明は
いつものように帰宅してきた。
「ただいま」
「お帰りなさい」
英明は、いつものように
清香が用意していた夕飯を食べていた。
しかし、この日は英明が
ビールを飲まなかったので
清香は、何か珍しいことが
あったのかと思ったのだ。
「あなた、ビールは
飲まないんですか?」
「今日は、いらない。
飲酒運転できないから」
「あなた、飲酒運転ができないって
どういうこと?」
不思議な顔をして聞いてきた清香に
英明は言った。
「実はな、明日から有休消化で
休みをもらったんだ。
それでだな、一泊二日の予定で
和歌山県のみなべ町にいる
オレの姉さんのところに
行ってみようと思っているんだ」
「お義姉さんのところにですか?」
「うん、姉さんの顔を見たいと
いうのもあるが清香、おまえにも
気晴らしになると思うんだ」
「お義姉さんに突然お邪魔するなんて
ご迷惑にならない?」
「心配するな、オレの姉さんは
突然来ても文句を言わないよ。
善は急げだ。夕飯がすんだ頃を
見計らって出発すれば
明日の朝にはみなべ町に着く。
姉さんのところには、
オレから連絡しておく。
おまえは、出かける準備をしておけ」
英明は、思いついたら即行動の
ところがある。
それは、英明の良いところではあるが
清香の心配の種でもあった。
英明は、夕食が終わった後に
家の固定電話から、みなべ町にいる
英明の姉の家に電話を入れた。
「もしもし?オレ、英明」
「あらっ、久しぶりね。
何かあったの?」
「実はな、オレの休みが取れたから
清香と一緒に姉ちゃんのところに
行こうと思っているんだ」
「なんだ、そんなことだったの。
今さら遠慮することないわよ。
清香ちゃんと一緒に遊びにおいで。
うちの旦那と子供たちに話しておくから」
「ありがとう、姉ちゃん。
みなべ町の近くに来たら連絡するよ」
「わかった、清香ちゃんが
身重だから安全運転でおいで」
英明が電話を切った時に清香は、
英明が食べていた食器を片づけていた。
そして、これから出かけられるように
最低限の荷物を用意しておいたのだ。
「あなた、出かける準備は
これでいいかしら?」
「これで、十分だ。清香、これから
みなべ町までドライブだ」
そして、英明と清香は和歌山県の
みなべ町に向けて出発した。
途中、いくつかのパーキングエリアで
休憩をとりながら和歌山県のみなべ町に
着いたのは、翌日の朝7時になった。
みなべ町に着いた英明は、
英明の姉の家に向かって
車を走らせていた。
そして、英明の姉の家に到着した時は
英明の姉夫婦、子供たちとお義母さんが
待っていてくれていたのだ。
英明の姉のお義母さんは、
優しい方であった。
「遠い所からよく来てくれましたね。
英明さんが、お嫁さんと一緒に来ると
うちの嫁から聞いていましたから
楽しみにしていたんですよ」
「初めまして、清香です。
よろしくお願いします」
「うちの嫁が、英明さんと一緒に
撮った写真を見せてくれたんですよ。
写真よりもおきれいな方で
英明さんは幸せ者ですね」
お義母さんの言葉に
英明は照れていたようだ。
「清香ちゃん、おいで。
清香ちゃんに見せたいものがあるの」
英明の姉が清香に案内したのは、
自分の家でたくさん植えている
梅の木であった。
そう、英明の姉夫婦は梅農家を
代々継いできたのだ。
初めは、慣れない梅の作業を
夫や義母に教えてもらってきたことで
今は梅の栽培はもちろんだが、
梅干しの他に梅ジャムをつくって
道の駅などのお土産物屋さんに
販売するまでになったのだ。
「清香ちゃん、梅の木はね女性と
同じ気持ちを持っているのよ。
だから、大切に守る人のことが
わかるのよ」
「そうなんですね、梅の木が
優しいのがわかります」
「そうよ、うちの英明の梅の木が
清香ちゃんだったのね。
英明が心を開いて清香ちゃんに
寄り添いたいと願ったことを
梅の木はわかっていたのよ。
清香ちゃんを大切に守りたい。
それならば、自分の命をかけても
いいとそう思ったのね。
英明はね、小さい頃から
弱い者いじめをする人間を嫌っていたの。
その人間を見つけたら自分が代わりに
相手に向かってけんかをしていたの。
それでね、毎日生傷をつくって
帰ってきたから、
『学校で何があったんだ?』って言って
父さんが英明に聞いたの。
そしたら、英明は
『いじめているヤツと戦ってきた。
二度といじめをしないように
懲らしめてやった』って言ったの。
それでね、英明にケガをさせられた子が
親に言ったの。それで父さんと一緒に
英明は学校に呼び出されたわ。
そして、父さんがいじめをやった
子供の親に怒鳴ったの。
『子供たちのやったことを棚に上げて
息子を責めるならお門違いなことだ。
ここで、お宅らの子供たちが
やったことを息子に言わせてもいい。
息子は、やましいことは何もしていない。
英明、ここに先生がいるから
日頃こいつらがやっていることを
包み隠さず言っていいぞ。
こいつらに遠慮をすることないから
思いっ切りたたきのめしてやれ!』
って言ってね」
「それで、どうなったんですか?」
「それでね、英明は日頃から
いじめをやっていることを
先生と親たちに包み隠さずに言ったの。
親たちのなかには、顔色が真っ青に
なっていたって父さんから聞いたわ」
英明が曲がったことが
大嫌いであることは清香は知っていた。
それは、小さい時に弱い者いじめを
嫌って、いじめをやっていた相手に
立ち向かって懲らしめていたことが
英明に正義感を持たせたのだと
清香は思ったのだ。
「お義姉さん、私は英明さんの
梅の木になれますか?」
「清香ちゃんは、英明の梅の木に
なれるわ。清香ちゃんは、英明に
安らぎをもたらしてくれるわ」
英明の姉と二人で、たくさんの梅の木を
眺めていた清香は、英明のために
生まれてくる我が子と一緒に
安らげる家庭を築いていこうと
そう思っていた。
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