ねぇ・・君!
鴬が運んでくれた愛の結晶
英明と清香は、和歌山県のみなべ町で
朝を迎えていた。
普段二人が住んでいる大阪と違って
空気がおいしいのがわかる。
そんな時だった。
家の梅の木に鴬がきたのだ。
鶯の鳴く声を聞いた二人は、
何かうれしい知らせをもたらして
くれたのだと感じていた。
この時、英明の姉夫婦と義母さんが
梅の実を取っていた。
収穫が終わったところで、
英明の姉と義母さんで
朝食の準備をしていた。
「英明、清香ちゃん、朝ご飯ができたよ」
「わかった、今行くよ」
英明は、清香と一緒に朝食を食べに来た。
「おはようございます、お義姉さん」
「おはよう、夕べはよく眠れたみたいね」
「はいっ、本当だったらお手伝いを
しなくていけないのに申し訳ないです」
「何言ってんのよ。英明ならともかく、
清香ちゃんは妊婦なんだから
無理はさせられないわよ。
そうですよね、お義母さん」
「本当にそうですよ。
ほらっ、あの梅の木を見て
ごらんなさいな。
梅の木に鴬が今年も来てくれたわね」
「鴬はね、梅の木に梅の精霊を
もたらしてくれるのよ。
今年も鴬が来たということは、
梅の精霊が何かを運んでくれる
兆しがある証拠なのよ。
そうですよね、お義母さん」
「きっと、梅の精霊が
英明さんと清香さんに新しい命を
もたらしてくれたのだと思うわ」
清香は、英明の姉が言った梅の木は
女性と同じ気持ちを持っていることを
思い出した。
それならば、自分は英明の梅の木になって
安らぎを与えてあげようと決めていた。
そして、今自分の中で育っている
小さな命は梅の木の精霊がもたらして
運んでくれたのだろうか。
「清香ちゃん、梅の精霊が運んできた
大切な育んでいくのよ」
「お義姉さん」
「英明は、もうすぐお父さんになるのよ。
『いつまでもあると思うな。親と金』
ということわざがあるでしょう?
今からしっかりしないとダメだからね」
「わかっているよ、姉ちゃん」
「本当にそうだよ。あんたは、末っ子で
生まれたから父さんと母さんに
甘やかされて育ったんだからね。
今度は、清香ちゃんとうまくやって
いきなさいよ。
前の奥さん、寿子さんだっけ?
あたしはね、初めて見た時から
正直に言って彼女とは相性が
合わないなと思ったのよ。
なにしろ、うちの家を
格下げ認定をして自分の実家を
持ち上げる性悪女だったからね。
清香ちゃんの前だから言うけどね、
あんたは女の見る目ないと思ったわよ。
あの性悪女と離婚になった時は
万々歳だったわ」
「姉ちゃん、寿子のことを
話すのやめてくれよ。
清香とおなかの子供の胎教に
悪いだろう?」
「これはね、あんたが
父親になろうとしているから
話をしているのよ。これから、
清香ちゃんと一緒に生まれてくる
子供を守っていかないといけないのよ。
今のように甘ったれていたら、
しっぺ返しが来るからね!」
英明の姉は、英明にある意味で
忠告をしたのだろう。
生まれてくる子供の父親となる弟に、
父親としての自覚を持たそうと
したのだろう。
「おいおい、おまえの気持ちはわかるが
英明くんが気の毒だぞ。
確かに英明くんの前の嫁さんは、
印象の悪い女性だった。
しかし、前の嫁さんと
離婚してからだったかな?
英明くんが、最近になって
好きな女ができたって
オレに言ったことがあったぞ。
今思えば、清香さんのことを
言ったのだとオレは思っているよ」
「そんなことを話していたの?」
「これでも、オレは英明くんの義兄だぞ。
男同士でないと話ができないことだって
あるんだ。英明くんが、会社の新入社員
の女の子に一目ぼれをしてしまった。
気がついたら、彼女のことが
頭から離れなくなっていたって言ったよ」
英明の義兄が話したことは、
清香が「フレンチカジュアル」の
茶屋町オフィスに入社した時の
ことだったのだ。
南森町にある「フレンチカジュアル」の
本社オフィスに英明と同行をしていた時に
近くの喫茶店に入ってコーヒーを
飲んでいた時だった。
英明が、清香に告白をしてきたのは…。
その時、外は雨が降っていたのを
覚えている。
この日、雨が降るかもしれないと
折り畳みの傘を用意していた
清香であった。
しかし、傘は一本しか
用意していなかったので
清香は英明に傘に入らないかと
言ったのだ。
その時、清香の優しさに心を奪われた
英明は、清香にキスをしていた。
あの雨の日の告白がなければ、
英明と清香は夫婦として
暮らすことはなかっただろう。
「清香、これからはオレが守る。
安心して飛び込んできてくれ」
あの言葉は、英明の本心だったのだろう。
「オレを課長と呼ぶのは、
オフィスの時だけでいい。
こうして二人でいる時は、
オレを英明と呼んでいい」
あの時の雨のなか、
ぬれねずみになっていた英明は、
清香に初めて自分の心を
打ち明けていたのだ。
そんな英明の直向きな気持ちに
清香が心を奪われていったのは
いうまでもなかった。
そして、清香は英明の小さい命が
宿っている。
この小さな命が梅の木の精霊が
もたらしてくれた愛の結晶であることは
言うまでもなかった。
英明の直向きな優しさが好きだからこそ
清香は、英明の梅の木になっていこうと
誓っていた。
そして、梅の木の精霊である我が子が
無事に産まれてくることを願って
やまなかった。
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