ねぇ・・君!
嵐山の紅葉を妻と見た時
9月に入った秋の日に清香は、
一時退院を先生から許されたのだ。
この時、清香は妊娠5カ月になっていた。
しかし、まだ切迫流産の
危険が去ったとは言えなかった。
それだけに英明は、
清香を実家で暮らして出産まで
持ちこたえてほしいと考えていた。
そして、英明は休日の日に
清香と一緒にいることが多くなった。
考えてみれば、英明が
清香のストーカーと戦って
大ケガをして自宅療養をした頃と
同じことを体験したことになる。
それでも英明は、清香と一緒にすごすのが
うれしくてしかたがなかった。
今日は、清香と二人で嵐山に行った。
嵐山は、今紅葉の季節で
観光客が多かった。
しかし、二人は結婚前に戻って
デートを楽しんでいた。
「清香、初めて京都に来たのを
覚えているか?」
「そうね、あなたと初めてデートを
した場所が嵯峨野だったかしら。
嵯峨野の紅葉がきれいだからって
連れて行ってくれたわよね」
「嵯峨野の紅葉もいいが、
嵐山の紅葉が一番きれいだな」
「あなた、入院中に
心配をかけてすみません」
「清香、退院をしたが
流産の危険が去ったとは言えない。
だから、ここにいて
出産まで持ちこたえてくれたら
オレは、それでいい。
オレのことは、心配しなくていい。
前妻と離婚をしてから、
一人で暮らしてきたんだ。
その月日を考えたら、
短い期間をすごすだけだ。
その期間で我が子を
オレの手に抱けるならそれで十分だ」
我が子を自分の手に抱けるなら
どんな試練でも受け入れる。
それが、英明の本心であった。
「清香、何も不安にならないで
元気な子を産んでくれ。
オレが望むのは、それだけだ」
清香は、英明の気持ちがわかっていた。
前妻である寿子に子供が望めないまま
離婚という結論を出しただけに、
再婚ではあるが、自分との間にもうけた
我が子を待っていることを…。
それだけに、英明に子供を
抱かせてあげたいと清香は思っていた。
そして、嵐山の川で扇が流れているのを
英明と清香は見ていた。
その時、いつか夢で見た
梅の木の聖霊の言葉を
英明は思い出していた。
「あなたのお子様は、
私たちがお守りしています。
川の流れにそって流れる扇を見た時に
奥さまの安産をお守りします」
これは、梅の木の聖霊のお告げ?
もし、そうなら清香の出産は安産なのか?
英明は、梅の木の聖霊のお告げで
予言されたことを確信していた。
我が子が産まれる。
我が子を自分の手に抱ける。
今の川の流れにそって流れる扇が
梅の木の聖霊がお告げとして
もたらしてくれる。
清香は、必ず子供を産んでくれる。
そして、生まれた我が子を抱ける。
英明は、みなべ町にいる姉の言葉が
真実になろうとしていることを
心のなかで受け止めていた。
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