その青に溺れる

家に向かう車の中、返って来ない携帯に催促しようと思い、ハンドルを弾く指を見て口を閉じる。
彼がそうなるのも無理は無い、2~3日くらいはまともに寝てないと思われ、かなりの疲労が蓄積されている。

なのに自分は一日に一回こうして帰され、着替えや風呂などの工程をさせて貰っている。
至れり尽くせりではあるのだが、肝心の給料がない。
そろそろ携帯の支払日が近づいてきている、貯金で何ヶ月持つだろうかと考えながら着替えて浴室を抜け、ソファーの端に腰を下ろし髪を拭う。

隣では彼が煙草を吸いながら険しい表情で携帯を眺めている。
忙しなくスクロールし、右往左往する指先は彼の過去を彷彿とさせた。
かつて彼はギタリストで、楽器なら大抵の物は弾け、それが異国の楽器でも彼なら弾けてしまう。

ついこの間まで彼を想ってた事が懐かしく感じた。
そして未だ返らない携帯を諦め、頭の中であの男性の事を検索始める。
どこかで見てる気はするが、どこだっただろうか、名前が確か亮介だったような、と思い浮かべた所で彼の声がした。

「寝る」

たった二文字の言語に何となく違和感を覚えながらもベッドに足を滑らせ、布団に手を掛けた所で髪を乾かしてない事に気づき、ベッドから出ようと態勢を変えるのを彼の腕が止め、そのまま押し倒される形で唇が重なる。

それは今までに無いくらい強引で息をも塞ぎ込み、彼の背中のシャツを掴みながら朦朧としそうな意識と戦っていた。
不意にそれは終わり、呼吸を整える自分を見つめる瞳に精気はなく、彼は鼻であしらったあと何事も無かったかのように布団に潜り込む。

その態度は苛立ちをぶつけた相手が何の反応も示さない事を嘲笑うかのようだった。
幾度となく繰り返されたキスは彼の機嫌を知らせ、此方が伺う間もなく彼の中では全てが処理され、その様は対して興味のない人形を取り出し、気が向いたときに遊び、急に興味を無くして置き去りにする子供と一緒に見えた。
< 18 / 65 >

この作品をシェア

pagetop