その青に溺れる


数時間ほどの仮眠を取った彼は失った精気を取り戻し、ソファーに座った左隣の男性と話し込んでいる。
小難しい単語や音楽用語が飛び交うのを耳にしながら隙間の椅子でじっと待つ自分。

彼と一緒に暮らして約1週間、時々これで良いのかと思っていた。
自分の想像では荷物を持ったり、車を運転したり、煙草や飲み物を買ったりなどの雑用を考えていたが、それらの事は全く無く、文字通りの[付き人]になっている。

ふと彼の唇に視線を合わせ、本当にそれがギャラなのかと考え始める。

だがしかし、どう考えてもそれはギャラではなく、彼のお遊びとしか考えられず、匙を投げた時に彼と視線がぶつかり、少し眉を上げた腑抜けの顔をされ、次第にそれが自分の表情を真似した物だと気づき、視線を外して顔を前に戻した。

すると彼が立ち上がり、此方に携帯を差し出しながら

「休憩だ」と言って、そのまま個室から出て行く。

恐らくは煙草でも買いに出掛けたのだろう、男性と話しながら手にした箱から取り出したのが最後の一本だったのを覚えている。

こうしてしまうのも彼に何を頼まれても良いようにと常に行動を把握しようとしているせいで、それが何の役に立たない事を知っていても、今の状態の罪悪感からそれを抜け出せないでいた。

そんな自分に男性は声を掛けてくる。

「ね、名前教えて」

横を見なくてもどんな顔しているのか分かる。
なので敢えて見ないようにして答えた。

「眞田です」

その言葉に男性はふと笑い「下の名前も」と優しく訊いてきた。
耳心地の良い一定の周波数の声が胸を叩き始めていく。
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