探偵さんの、宝物
 ゆらゆら揺れるつり革と、ドアの上の電子広告を眺めていた。
 私は今日、楓堂さんと待ち合わせをしている。

 結局あのあとSNSで連絡を取り、行くと言ってしまった。
 あの名前、どうしても気になる。母に聞いても知らないと言われた。
 ――私は『楓堂(ふうどう) (すばる)』という人を知っている。時間が経つほど確信が持てるようになってきた。

 それにしても、昨日変な夢を見たせいで余計に緊張してしまっている。
 私の持っている超能力は、物を動かすサイコキネシスの他にもう一つある。
 それが、予知夢だ。

 ずっと探していた? 私を?
 告白されるの? そんな馬鹿な。
 でも、私の予知夢は外れたことが一度も無い。
 決まって二十四時間以内に、夢と同じ光景を見ることになる。

 着ていく服は色々迷った。白のニットとベージュのスカート、黒のドレスシューズを選んだ。髪はゆるく巻いてきたけど、変じゃないだろうか?
 ……もう、あの夢のせいで彼のことを意識してしまってしょうがない。

 もし、万が一、億に一つの可能性として。
 本当に彼に告白された時、何て答えればいいんだろう?

 私がどんな気持ちでいようとも、電車は決まった時刻に駅に停まる。
 『もうすぐ着きます』とメッセージを送って、降りて改札を出た。

「尾花さん、こんにちは」

 駅の前には沢山の人がおり、きょろきょろ探していると向こうから声を掛けられた。

「こんにちは。もしかして結構待ちました?」
「いえ、今来たところです」

 楓堂さんは今日はテーラードジャケットを着て革靴を履いていた。最初に見た時はもっとラフな格好だった気がする。
 私たちは楓堂さんが予約していた店に向かった。
 そこは駅から少し離れた、お洒落だけど気軽なイタリアンのお店だった。夜は肉料理やワインが楽しめるらしい。通された席は半個室になっていて、欧風の可愛い窓から外が見える。

「素敵なお店ですね。今日は誘っていただき、ありがとうございます」
「こちらこそ、来て頂けて嬉しいです」

 そう言った後に次の言葉が思い付かず、野菜の絵柄の描かれたカードが木製のクリップに挟まれて壁に吊るされているのを一枚ずつ見ていた。
 すると、楓堂さんが話し始める。

「あの、この間のことなんですが、本当にありがとうございました。
 守秘義務があり事情はお教えできませんが、あの場にいらした片瀬さんは貴女にとても感謝していましたよ」
「そうなんですか、それなら良かったです」
 それを聞いて、ほわりと胸が温かくなる。誰かを助けられたことが素直に嬉しかった。

「あの時の貴女は颯爽として、決断力と行動力があって。本当に格好良かった」
 楓堂さんは真面目な顔をしてそう言った。
「わ、私が? 格好良かった?」
 声がひっくり返る。
「ええ、本当に。依頼を受けた僕の立場が無いくらいです」
 彼は顎に手をあて、うんうんと頷いている。
「あの時はただ必死で……」
 褒められてこそばゆく、私は俯いて小さく縮こまった。

「ええと、あの、私が鍵を開けたことについてなのですが……」
 私は話を変えるため、不安だったことを切り出した。
「ああ、心配しないで下さい。勿論誰にも言いません。
 ちなみに片瀬さんはよく見ていなかったらしく、貴女の事を通りすがりの鍵開けのプロだと思っているみたいです」
「通りすがりの鍵開けのプロ?」

 思わぬ言葉に声を出して笑ってしまう。それは、まぁ、見られていなくて良かったけど。なんとも可笑しな誤解を生んでしまった。

「僕はそうは思っていませんけどね。
 貴女には人にはない、特別な才能があると思っています」

 ぎくりとして、可笑しさが一瞬にして引っ込んだ。
 彼は全て見通すかのように、真っすぐに私を見ている。
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