探偵さんの、宝物
 振り向くと、本当に開いたのかと困惑しているらしい二人の顔が目に入った。
 私の額には汗が滲んでいた。見えない物を動かすのはかなり体力を消耗する作業だから。

 立ち上がって道を譲りながら、厳しい顔で促す。


「行ってあげてください、早く!」

 茶髪の男性――おそらく惠美さんの旦那さんが、弾かれたようにドアを開けて飛び込んでいった。
 黒髪の男性も、私に一礼してから彼に続く。

 玄関を覗くと、フラットシューズとスニーカーが一足ずつ置かれていた。その先の廊下には足跡が残っている。旦那さんの方は土足で上がったらしい。
 部屋の奥から、彼女の名前を呼ぶ声が聞こえる。先程と違い、声音に安堵の色が見える。

「惠美、良かった……」

 私はそれを聞き、ほっと息を吐いた。




 ドアを閉め、彼らに何も言わずにアパートを後にする。 
 家への道を、夕焼け空に浮かぶ月を眺めながら。
 満足半分、後悔半分の気持ちで歩いた。


 ――超能力で人助けなんて、二度としないと思っていたのに。


 ふと、手の中の軽さに気付く。母へのプレゼントを彼に持たせたまま忘れてきてしまった。軽くラッピングもしたんだけどな。

 あの時は必死だったけど、今落ち着いて思い返すと……。
 背の高い黒髪の彼は、片瀬さんとどういう関係だったんだろう。あの状況でも落ち着いていたように思う。友人、という感じでもなかったし。
 ちらりとしか見なかったけど、格好良かった気がする。歳は私と同じくらいか少し若いだろうか?

 彼がラッピングされた花の鉢を持たされてぽかんとしている様を思い出すと、なんだか面白く、可愛く思えた。一人でふふっと笑いをこぼす。

 桔梗の鉢については、あの夫婦のことを思い浮かべればすぐに諦めがついた。



「まぁ、いいや、それくらい。無事だったんだからね」
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