探偵さんの、宝物
 僕も飲んだので、今日は徒歩で彼女を送る。
 尾花さんは実家に住んでいるから、送り狼のような心配はされないだろう。

 日中雨が降り息が白くなるほど冷えた夜だが、首はとても温かい。

「ねぇ、楓堂さん。私って怖いですか?」

 尾花さんが俯いて言った。

「そんな訳ないじゃないですか」

 僕はできる限り優しい声で言った。
 そんなこと、ある訳がなかった。
 子供の頃助けてもらったときから、超能力にはポジティブなイメージしかない。

「最近、この力が強くなってきたんです。
 もしかしたらサイコキネシスや予知夢以外のこともできるかも知れない、ってくらいに。
 ……原因は何となく、分かってるんですけどね」

「何が原因なんですか?」
 僕が聞くと、彼女は言いづらそうに視線をさ迷わせたあとに話し始める。

「力の強弱は気持ちの問題だったりします。
 ……だから、楓堂さんのせいです」
「僕のせい?」
 言葉の意図が掴めず、首を傾げた。
「ふふふ」
 彼女はへらへらと笑っている。
「尾花さん、酔ってますね」
「酔ってませんよ?」

 彼女は僕の手を取り、指先を両の手のひらで包む。
 その手は温かく、しっとりとしていた。

 にこにこして僕を見上げて「温かいですか?」と言った。

「酔ってますよ……」
 僕は空を見てため息をつく。可愛すぎた。
 もう、こっちも酔っていることにしていいだろうか。

 僕の手を握っている彼女の手の甲に顔を近づけ、軽く口づけた。
 彼女は呆気に取られたように、薄く唇を開けて見ていた。

「……楓堂さん、酔ってますね」
「はい、酔ってます」
 僕はしれっと言った。

「そういうことするから……」
 彼女はぼそっと呟く。
 尾花さんは僕の手を引いたまま、軽く地面を蹴った。
 二人の周りだけ、まるで重力が小さくなったかのように、体がふわりと浮かぶ。
 五秒かけて地上五十センチ程度まで浮き、弧を描いて着地する。
 僕は初めての浮遊体験に心が浮き立った。

「うわ、すごい!
 飛んだ……今、飛びましたよね!」
 僕は興奮して言う。
「楓堂さん、これでも怖くないですか?」
 尾花さんは不安げな表情で首を傾げた。
「え? すごいと思いますよ? 楽しくていいじゃないですか!」
 僕が熱を込めて言うと、彼女はぷっと吹き出した。
「楓堂さんて、可愛いですね」
 つい感動してはしゃぎ過ぎたかも知れない。子供っぽく見られてしまったか、失敗した、と少し後悔した。

「楓堂さんにそう言ってもらえて、本当に良かった」
 彼女は僕を見て言った。
 笑顔なのに、泣きそうな声に聞こえた。
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