探偵さんの、宝物
食べ終わった皿が片付けられてしばらくすると、部屋の照明がゆっくりと暗くなった。
そして、明るいがしっとりとした音楽――ジャズ風にアレンジされたハッピーバースデートゥーユーが流れる。
店員が二人やって来た。一人は大きな白い皿を持っていて、もう一人はラッピングされた何かの袋を持っている。
皿はテーブルに置かれる。
右端にフルーツで飾られたケーキが載っており、左にはチョコレートで文字が書かれていた。
ラッピングされた袋は尾花さんに差し出され、彼女は「ありがとうございます」と微笑んで受けとった。
「え? ……え?」
僕は事態が掴めない。
いや、分かってはいるがそんなまさか。
「楓堂さん、お誕生日おめでとうございます!」
尾花さんが、僕にプレゼントを渡してくれた。
「あ、ありがとうございます……」
僕は胸がじーんとして、上手く言葉が出なかった。
店員さんは僕らに優しそうな笑顔で会釈して帰って行った。
「本当は歌を歌ってくれたり写真も撮ってくれるらしいんですけど、恥ずかしいかなと思って断っておきました」
尾花さんは、あはは、と照れ隠しするように笑う。
「まさか、こんなお祝いを用意をしてくれていたなんて思わなくて驚きました」
本当に驚いた。打ち上げをしようなんて言ってきたのはこのためだったのか。
「喜んでもらえて良かったです」
尾花さんは満足そうににこにこしている。
「これ、開けてもいいですか?」
「はい、どうぞ。
お気に召すかは分かりませんが……」
リボンを取り、包装を開ける。
中から出てきたのは、ネイビーのマフラーだった。厚みがあり、長さもある。
「わぁ……!」
嬉しすぎる。毎日つけたい。
僕は心の中では飛び上がって大気圏を突破できるほど喜んでいた。
「シンプルな物にしたので、変装の時にでも使って下さい」
探偵は尾行中、印象を変えるために身に着ける物を変えることが良くある。特に顔周りの小物は多く揃えている。
しかし僕はこの特別なマフラーを仕事の道具の一つにしたくない。
「ありがとうございます。
普段から使わせていただきます」
そしてすぐにぐるぐると巻いた。
「いや、部屋の中じゃ暑いでしょう。
でも、良かった。すごく似合ってます」
帰り、僕が財布を出そうとすると、彼女は袖を引いた。
「大丈夫です、もう済んでます」
彼女はいたずらっぽく笑った。
「いつの間に……」
僕がお手洗いに行っている短時間の間に会計されていたらしい。悔しいけど格好良かった。
個室を出て店外に出る前に、テーブルやカウンターが並んでいる部屋を通る。そこでは大勢の人が賑やかに飲んでいた。
僕らの目の前を、両手一杯に皿を持った店員が横切った。しかし彼女はつんのめって転びそうになる。
「危ない!」
尾花さんが声を上げた。
「……え?」
店員は、固まっている。
投げ出したはずの皿が何もない空間にばらばらに、時が止まったように浮いていた。
それを見た周りの客も唖然としている。
「何、あれ」「どうなってるの?」
尾花さんは蒼白な顔をして震えていた。
僕は急いで皿を拾い集め、店員に持たせる。
そして胸に手をあて、客に向かって一礼した。
「マジックです」
出来る限り堂々と言った。
どよめきと、酔っ払いのお客さんからの拍手と口笛。
何とか誤魔化せたような、多少疑惑が残っているような。しかしすぐにこの場を離れれば問題ないだろう。
「行きましょう」
僕は尾花さんの背中を押し、店を出た。
そして、明るいがしっとりとした音楽――ジャズ風にアレンジされたハッピーバースデートゥーユーが流れる。
店員が二人やって来た。一人は大きな白い皿を持っていて、もう一人はラッピングされた何かの袋を持っている。
皿はテーブルに置かれる。
右端にフルーツで飾られたケーキが載っており、左にはチョコレートで文字が書かれていた。
ラッピングされた袋は尾花さんに差し出され、彼女は「ありがとうございます」と微笑んで受けとった。
「え? ……え?」
僕は事態が掴めない。
いや、分かってはいるがそんなまさか。
「楓堂さん、お誕生日おめでとうございます!」
尾花さんが、僕にプレゼントを渡してくれた。
「あ、ありがとうございます……」
僕は胸がじーんとして、上手く言葉が出なかった。
店員さんは僕らに優しそうな笑顔で会釈して帰って行った。
「本当は歌を歌ってくれたり写真も撮ってくれるらしいんですけど、恥ずかしいかなと思って断っておきました」
尾花さんは、あはは、と照れ隠しするように笑う。
「まさか、こんなお祝いを用意をしてくれていたなんて思わなくて驚きました」
本当に驚いた。打ち上げをしようなんて言ってきたのはこのためだったのか。
「喜んでもらえて良かったです」
尾花さんは満足そうににこにこしている。
「これ、開けてもいいですか?」
「はい、どうぞ。
お気に召すかは分かりませんが……」
リボンを取り、包装を開ける。
中から出てきたのは、ネイビーのマフラーだった。厚みがあり、長さもある。
「わぁ……!」
嬉しすぎる。毎日つけたい。
僕は心の中では飛び上がって大気圏を突破できるほど喜んでいた。
「シンプルな物にしたので、変装の時にでも使って下さい」
探偵は尾行中、印象を変えるために身に着ける物を変えることが良くある。特に顔周りの小物は多く揃えている。
しかし僕はこの特別なマフラーを仕事の道具の一つにしたくない。
「ありがとうございます。
普段から使わせていただきます」
そしてすぐにぐるぐると巻いた。
「いや、部屋の中じゃ暑いでしょう。
でも、良かった。すごく似合ってます」
帰り、僕が財布を出そうとすると、彼女は袖を引いた。
「大丈夫です、もう済んでます」
彼女はいたずらっぽく笑った。
「いつの間に……」
僕がお手洗いに行っている短時間の間に会計されていたらしい。悔しいけど格好良かった。
個室を出て店外に出る前に、テーブルやカウンターが並んでいる部屋を通る。そこでは大勢の人が賑やかに飲んでいた。
僕らの目の前を、両手一杯に皿を持った店員が横切った。しかし彼女はつんのめって転びそうになる。
「危ない!」
尾花さんが声を上げた。
「……え?」
店員は、固まっている。
投げ出したはずの皿が何もない空間にばらばらに、時が止まったように浮いていた。
それを見た周りの客も唖然としている。
「何、あれ」「どうなってるの?」
尾花さんは蒼白な顔をして震えていた。
僕は急いで皿を拾い集め、店員に持たせる。
そして胸に手をあて、客に向かって一礼した。
「マジックです」
出来る限り堂々と言った。
どよめきと、酔っ払いのお客さんからの拍手と口笛。
何とか誤魔化せたような、多少疑惑が残っているような。しかしすぐにこの場を離れれば問題ないだろう。
「行きましょう」
僕は尾花さんの背中を押し、店を出た。