きみこえ
ラブストームは突然に


 愛華からの突然の申し出に、教室はどよめき、冬真は遠巻きながらも事の成り行きを見守っていた。
 割って入る事も出来たが、明らかに面倒事に巻き込まれそうな予感がしていた。
 取り敢えずは陽太に任せる事にした。

「えーっと、確か隣のクラスの・・・・・・」

 陽太は目の前の女子の名前を思い出そうとした。
 すぐに名前は出て来なかったが目立つタイプなので存在は知っていた。

「きゃあ、あたしの事知っててくれてるの? 超感激! 私、五十嵐 愛華!」

「その、五十嵐さんは隣のクラスなのにどうしてお世話係をしたいの?」

「一組と二組は体育とか選択授業とか合同授業も多いじゃない? 女の子同士にしか出来ない事だってあるしー、ね?」

「なるほど、言われてみればそうだよなぁ・・・・・・」

 陽太はこれから体育で女子と男子に分かれたり、授業によってはほのかと離れてしまう事を考えた。
 陽太は一通り愛華の言っていた事をほのかに説明をした。

「悪くない話だとは思うけど、どうする?」

 選択を迫られ、ほのかはスケッチブックを手に取り答えを書いた。

【よろしくお願いします】

 勿論、ほのかは深く考えてなどいなかった。
 単純に、身の回りを手伝ってくれるという申し出はありがたかったのと、陽太や冬真達の様に仲良くなれればと言うことしか念頭になかった。

「何それ、スケブとかウケるー!」

 愛華がそう言うと、隠し撮りマニアな写真部員が忍者の様に現れた。

「余談ですが月島さんは筆談にスケッチブックを使用するとの情報が入っております」

 それだけ言うと写真部員は音も無く姿を消した。

「へえー、そうなんだ! ま、そういう事でよろしくね」

 愛華はそうほのかに言ったが陽太に視線をやり手を振る事は忘れなかった。
 嵐が去り、教室は静けさを取り戻すとすかさず冬真が陽太の元に近づいた。

「お前はバカか?」

 冬真は陽太の前で仁王立ちし、顔はいつもの涼しい顔を通り越して冷ややかな顔で氷柱(つらら)でも突き刺す様な鋭い視線を陽太に向けていた。

「ええー? 何、いきなり酷くない? って言うか気のせいかな、お前の後ろに吹雪が見えるんだけど!」

「もう一度言おうか? お前はバカか? あんな下心丸見えの奴のホイホイ言いなりになりやがって」

「な、なんだよ、お前反対なんだったらなんでそう言わないんだよ! そもそも、下心って何?」

 そう陽太が言うと冬真は深海よりも深い溜息をついた。

「これだから鈍感な奴は・・・・・・。俺はああいうタイプが苦手なんだ。全部お前の方で対応してくれ」

 呆れ顔でそう言い残すと、冬真は自分の席に戻った。

「冬真の奴、何訳分からない事言ってんのか」

 この時、ほのかは横の位置からで二人の会話がよく見えず分かっていなかった。
 ただ分かったのは、冬真が不機嫌そうにしていると言う事だけだった。



 その日の放課後、ほのか達が帰ろうとしているところに早速愛華は教室にやって来た。

「ね、今から帰るんでしょ? あたしも一緒に帰ってもいいかな?」

「あー、俺は構わないけど」

 陽太がそう答えると冬真は眉間に(しわ)を寄せた。

「やった! 一緒に帰れるなんて嬉しい~」

「悪いが、俺は急用が出来たから先に帰っててくれ」

「ええー、そうなの? それはざーんねーん」

 冬真が一人で教室を出て行こうとするのを見てほのかは寂しげな表情を浮かべた。
 その様子を見た冬真はほのかの頭をぽんぽんと軽く撫で口をパクパクとさせた。
 それは陽太と愛華には聞こえず、読唇術を使えるほのかにだけ分かるものだった。
 ほのかは冬真の言葉に嬉しくなり、急いでスケッチブックに【また明日】と書いて見せた。

「ああ、また明日な」

 そう言って柔らかく笑い冬真は教室を先に出て行った。

「なんだよ、あいつ先に帰るとか珍しいな」

「ふーん・・・・・・」

 愛華は何か考え事をしながらも廊下から小さくなっていく冬真の背中を見詰めていた。
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