きみこえ
碧海レッスン


 どんな事も、いつかは終わりがやってくる。
 夏輝はその事を分かってはいたが、なるべく考えないようにしていた。
 だが、ある日、それは必ずやってくると思い知らされた。

【次の日曜日に帰る】

「え? 次の日曜日?」

 それはあまりに急な話で夏輝は落胆した。
 見れば少女もどこか寂しそうな顔をしていた。
 寂しい、もっと一緒に居れたら、それが率直な気持ちだった。
 そう思うくらいにお互いに打ち解けた気がしていた。
 思えば、出会ったばかりの頃はよく怯えられたが、最近では怯えられる事もなくなった。
 せめて残りの時間、少女の望む事をしてやりたい、夏輝はそう思った。

【思い出に、この町で何かやりたい事とかあるか?】

 そう砂浜に書くと、少女はおもむろに立ち上がると着ている服を脱ぎ始めた。

「なっ、何を!」

 夏輝は狼狽(ろうばい)し、素早く顔を背け、くるりと後ろを向いた。
 背後ではゆっくりと、着衣が砂浜に落ちる音がした。
 そして、その音が止み、後ろを片目でチラリと見てみると水着姿の少女がそこに居た。
 服の下に水着を着ていたのだと脱いだ服を見てそう分かった。
 胸元や腰回りにぐるりとフリルがあしらわれたピンクと白の色が多く使われた清楚なデザインの水着だった。
 凝視してはならないとは分かりつつも、夏輝は少女の胸元や肌が(あら)わになった腰回りについ目が行ってしまう。

【泳ぎを教えて欲しい】

 少女は砂浜にそう書いた。

「泳ぎ?」

 夏輝は考えた。
 こんな格好をした少女に手取り足取り泳ぎを教えるなんて出来るだろうか、答えは否だ。

「だああああ、無理だ! 服を着ろっ!」

 夏輝は脱ぎ捨てられたTシャツを拾うと少女の頭から勢いよく着させた。
 腕が袖を通っていないのでなんとも間抜けな姿をだった。
 少女は少し膨れた顔をして再びシャツを脱ぎ、【服を着ていたら泳げない】と書いた。

【お願いします】

「うっ」

 おねだりをする様な眼差しを向ける少女に、夏輝はあっさりと陥落した。

「ちっ、分かったよ」

【どれだけ泳げるんだ?】

 まずは少女がどれだけ泳げるのか知りたくなり、夏輝はそう質問をしてみた。
 少女は(しば)し考えると、【ちょっとやってみる】と書き海へと走り泳ぎ始めた。

「ほお」

 夏輝は少女が泳ぐ姿を見て驚きの声を漏らした。
 一応泳げている。
 頭を水面から出し続け、手足を絶え間なく動かして進むその姿に夏輝は確かに見覚えがあった。

「って、犬かきかよ!」

 そして十五メートル程進んだところで少女は溺れだした。

「お、おいっ!」

 夏輝は急いで海へと走り、クロールで泳ぎ少女を助け出した。
 浜辺に少女を連れ帰ると少女は涙目で足を押さえ砂浜を転げ回った。
 そして少女はダイイングメッセージの様に砂浜に指で【足がつった】と書いた。

「ああ、そう言えば準備運動してねぇな・・・・・・」




 二人で準備運動をした後に泳ぎの練習を始めた。
 比較的浅い所で夏輝は少女の手を取り、バタ足と息継ぎの練習をさせた。

「なかなかいい調子じゃねぇか。あとはクロールの手の動かし方を教えれば大丈夫そうだな」

 少女の手を引きながら後ろに歩いていると夏輝は岩肌に足を引っかけバランスを崩した。

「やべっ」

 夏輝は転倒すると見込んで岩場を避け、二人して沖の方に倒れた。
 体が水と泡が包み、目を開けると眼前には太陽の光できらめく青い波間と、自分の両手を握ったままの少女の姿があった。
 少女は長い髪が水で広がり、まるでお伽噺に出てくる人魚の様でもあった。
 その姿がとても綺麗でお伽噺同様に自分にはとても手に入らない存在に思えた。
 夏輝は手に力を入れ少女を引き寄せた。
 泡となって消えてなくなったりしないのを実感するように腕に抱きしめた。
 そして、そろそろ息が苦しくなり、肺の中の酸素が無くなる前に水の上に出る事にした。

「ぷはっ、わ、悪い」

 そして夏輝は気が付いた。
 少女とかなり密着してしまっている事に。
 少女を抱き寄せる形になり、胸や太ももがピタリと自分の肌に当たり夏輝は赤面した。
 今まで海ではもっとセクシーでナイスバディな女は沢山いた。
 それは確かに魅力的なのだろうとは思ったが、こんなにも心が揺さぶられたことはなかった。
 心臓がもたない・・・・・・。
 心臓の早鐘が密着する肌から伝わってしまうんじゃないかと焦り夏輝は少女を自分の体から勢い良く引き剥がした。
 そして無言で砂浜に戻ると砂浜に倒れ【練習おわり、これでかんべんしてくれ】とダイイングメッセージの様に書いた。




 夕方になり、いつもの別れの時間がやってきた。
 こうして海で会えるのも残り数える程もないという現実と、夕焼けの見せるその黄昏の空の色が寂しさを強く訴えていた。
 何か、最後にずっと、ずっと思い出に残るような事が出来ればと考えた時、夏輝はあのチラシを思い出した。

「そうだ!」

 夏輝は砂に【土曜日、花火大会に行かないか?】と書いた。
 女子を誘った事等なく、今更になってこんな誘い方で良かったのかと不安になり少女を見ると、少女は夕焼けの空と同じ様に頬を赤く染めて笑って頷いた。
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