きみこえ
夏祭夜
「じゃあ、じーちゃん、ちょっと行ってくるわ」
「夏輝、ちょい待ち」
夏輝は玄関先で肩を掴まれ引き留められた。
「なんだよじーちゃん」
「夏輝、お前その格好でこんな時間にどこ行くのさ」
「どこって・・・・・・花火大会に・・・・・・」
夏輝は少し照れてそっぽを向きながらそう言った。
「ほう、デートじゃろ、デェト! デェト!」
祖父は囃し立てるように手を叩きながらそう言った。
「なっ、ちげーし、友達とだよ」
「ふーん、へー、ほー」
「ぐっ」
祖父から向けられる疑いの眼差しに夏輝はデジャブを感じた。
「まあ、行くのは構わんけど・・・・・・、前から気になっとったけど、その服のセンスなんとかならんの? 言っちゃなんだけど、ヤバい人にしか見えんよ?」
「ええ? これのどこが?!」
夏輝は黒いズボンに半袖の赤いシャツを着ていた。
問題は、そのシャツには黒い蓮の柄が入っていて、背中には金の阿修羅像の刺繍が施されている事だった。
そしてそれは夏輝が持っているお気に入りの一張羅でもあった。
「はあ・・・・・・、爺ちゃん心配じゃよ。屋台の怖いお兄さんに絡まれる未来しか見えんよ。爺ちゃんの若い頃の浴衣、貸してやるからそれ着て行きんさい」
夏の風物詩と言える喧騒がそこにはあった。
軽快なリズムで奏でられる祭囃子、屋台で売られている涼しげな風鈴の音、カラコロと鳴る下駄、走り騒ぐ子供達。
おまけにそこらじゅうからは屋台の色々な食べ物の香りが夏輝の鼻をくすぐった。
予定の待ち合わせ場所には少し早く着き、夏輝は着慣れない浴衣がおかしくないかとソワソワしていた。
祖父から借りた浴衣は落ち着いた小豆色で、浴衣に似合う様にとアクセサリーは耳のピアスを一つだけ残して他は外してきていた。
落ち着きなく浴衣の袖を弄っていると、背中を軽くつつかれる感触がした。
「おっ」
すっかりお馴染みとなったそれは少女の仕業だとすぐに分かった。
後ろを振り向くとそこにはピンク色で白い花柄の清楚な浴衣を着た少女が立っていた。
髪もいつもと違って長い髪を後ろでまとめ、白く細い首が際立っていた。
「あ・・・・・・」
それは完全な不意打ちだった。
今なら夏輝の顔は豆鉄砲を大量に食らった鳩の様な顔と形容出来るだろう。
その少女は普段から可愛いと言える女の子だったが、浴衣という物がこれだけの破壊力がある物だとは夏輝は思いもしていなかった。
【こんばんは】
少女はいつもと変わらず肩から下げたスケッチブックを両手に持ち微笑んだ。
「あ、ああ・・・・・・」
夏輝は少女を直視する事が出来ず、すぐに目を逸らし頭の後ろを掻いた。
チラと視線を少女の方に戻すと、そこには既に少女の姿はなく、夏輝は焦った。
だが、少女は近くの屋台を興味津々に見ていてすぐに見つけ出す事が出来た。
その姿はまさに子供の様だった。
「おい、混み合ってるから、あんまり遠くに行くなよ?」
そう言って夏輝は少女の手を取った。
だが、少し驚いた様子の少女の顔を見て、夏輝はすぐに手を放した。
「悪い・・・・・・、それ、食べたいのか?」
少女が見ていたのはリンゴ飴で、店主が飴を絡めている様子をじっと見つめていた。
「おっちゃん、それ一つくれ」
「はい、毎度ー、三百円ね」
飴をそのまま少女に渡すと、少女は目を丸く輝かせて受け取った。
【ありがとう】
「ああ」
少女は嬉しそうにリンゴ飴を頬張りながら屋台のおじさんに向かって何かジェスチャーをしていた。
【これ、お礼に】
「ん?」
少女が今しがた買っていたのは同じ店で売っていたブドウ飴だった。
「俺にか! ありがとうな」
飴をかじると冷え固まった飴のカリカリとした食感と、ブドウの甘酸っぱさが口に広がった。
飴を食べ終えると夏輝は「次どこ行く? 屋台制覇でもするか?」と少女に訊ねた。
夏輝は浴衣でいっぱいいっぱいになっていて、メモ用紙を持ってくるのを忘れていた。
その為、少女は読唇術を使うにあたり、夏輝の口をずっと見ていた。
夏輝にとって、それはこそばゆくて仕方がなかった。
だけれど、その瞳がいつまでも自分の方を向いていてくれたら・・・・・・、そんな事を考えて恥ずかしくなった夏輝は頭を振り考えを打ち消した。
【たこ焼き、焼きそば、綿あめ、チョコバナナ、かき氷、じゃがバター、焼きとうもろこし、イカ焼き】
少女はというと次々と屋台の食べ物をスケッチブックに書き連ねていた。
「ふはっ、何だよそれ、食い物ばっかじゃねぇか」
夏輝は笑いながら少女の頭をワシャワシャと撫でると、少女の手を引き向こうの屋台を指さした。
「よし、向こうの屋台から行くぞ!」
夏輝と少女はそれから屋台の出し物で定番の輪投げや射的、ヨーヨーすくい等をしながらも、屋台の食べ物を買い漁った。
流石に食べきれない分は持ち帰り、家族への土産にする事にした。
「あー、大分遊んだな」
【お祭り楽しい】
「そっか、そりゃ良かった」
満足気に笑う少女の顔を見て、夏輝はいつまでもこの時間が続けばいいのにと思いながら柔らかい笑みを浮かべた。
『間もなく、花火大会が始まります・・・・・・』
「花火、もうそんな時間か・・・・・・」
そんなアナウンスが流れると、良い場所で花火を見ようとする人々が一斉に通路に押し寄せてきた。
それは油断をすれば一緒に流されそうな程だった。
「わっ」
人混みの波が収まると夏輝は体勢を整え、荷物等何もなくなっていない事に安堵した。
「ふぅ、凄かったな。大丈夫か?」
そう声を掛けた人物はというと、隣から忽然と消えていた。
「って、おい! 居ねえし!」
夏輝の先程までの安堵感は闇夜に消え、一気に焦燥感に襲われた。
今度は近くの屋台にも居らず、明らかにさっきの人混みに飲まれたと察した。
夏輝は少女を探して煌びやかな提灯が並ぶ通りを駆けだした。
「じゃあ、じーちゃん、ちょっと行ってくるわ」
「夏輝、ちょい待ち」
夏輝は玄関先で肩を掴まれ引き留められた。
「なんだよじーちゃん」
「夏輝、お前その格好でこんな時間にどこ行くのさ」
「どこって・・・・・・花火大会に・・・・・・」
夏輝は少し照れてそっぽを向きながらそう言った。
「ほう、デートじゃろ、デェト! デェト!」
祖父は囃し立てるように手を叩きながらそう言った。
「なっ、ちげーし、友達とだよ」
「ふーん、へー、ほー」
「ぐっ」
祖父から向けられる疑いの眼差しに夏輝はデジャブを感じた。
「まあ、行くのは構わんけど・・・・・・、前から気になっとったけど、その服のセンスなんとかならんの? 言っちゃなんだけど、ヤバい人にしか見えんよ?」
「ええ? これのどこが?!」
夏輝は黒いズボンに半袖の赤いシャツを着ていた。
問題は、そのシャツには黒い蓮の柄が入っていて、背中には金の阿修羅像の刺繍が施されている事だった。
そしてそれは夏輝が持っているお気に入りの一張羅でもあった。
「はあ・・・・・・、爺ちゃん心配じゃよ。屋台の怖いお兄さんに絡まれる未来しか見えんよ。爺ちゃんの若い頃の浴衣、貸してやるからそれ着て行きんさい」
夏の風物詩と言える喧騒がそこにはあった。
軽快なリズムで奏でられる祭囃子、屋台で売られている涼しげな風鈴の音、カラコロと鳴る下駄、走り騒ぐ子供達。
おまけにそこらじゅうからは屋台の色々な食べ物の香りが夏輝の鼻をくすぐった。
予定の待ち合わせ場所には少し早く着き、夏輝は着慣れない浴衣がおかしくないかとソワソワしていた。
祖父から借りた浴衣は落ち着いた小豆色で、浴衣に似合う様にとアクセサリーは耳のピアスを一つだけ残して他は外してきていた。
落ち着きなく浴衣の袖を弄っていると、背中を軽くつつかれる感触がした。
「おっ」
すっかりお馴染みとなったそれは少女の仕業だとすぐに分かった。
後ろを振り向くとそこにはピンク色で白い花柄の清楚な浴衣を着た少女が立っていた。
髪もいつもと違って長い髪を後ろでまとめ、白く細い首が際立っていた。
「あ・・・・・・」
それは完全な不意打ちだった。
今なら夏輝の顔は豆鉄砲を大量に食らった鳩の様な顔と形容出来るだろう。
その少女は普段から可愛いと言える女の子だったが、浴衣という物がこれだけの破壊力がある物だとは夏輝は思いもしていなかった。
【こんばんは】
少女はいつもと変わらず肩から下げたスケッチブックを両手に持ち微笑んだ。
「あ、ああ・・・・・・」
夏輝は少女を直視する事が出来ず、すぐに目を逸らし頭の後ろを掻いた。
チラと視線を少女の方に戻すと、そこには既に少女の姿はなく、夏輝は焦った。
だが、少女は近くの屋台を興味津々に見ていてすぐに見つけ出す事が出来た。
その姿はまさに子供の様だった。
「おい、混み合ってるから、あんまり遠くに行くなよ?」
そう言って夏輝は少女の手を取った。
だが、少し驚いた様子の少女の顔を見て、夏輝はすぐに手を放した。
「悪い・・・・・・、それ、食べたいのか?」
少女が見ていたのはリンゴ飴で、店主が飴を絡めている様子をじっと見つめていた。
「おっちゃん、それ一つくれ」
「はい、毎度ー、三百円ね」
飴をそのまま少女に渡すと、少女は目を丸く輝かせて受け取った。
【ありがとう】
「ああ」
少女は嬉しそうにリンゴ飴を頬張りながら屋台のおじさんに向かって何かジェスチャーをしていた。
【これ、お礼に】
「ん?」
少女が今しがた買っていたのは同じ店で売っていたブドウ飴だった。
「俺にか! ありがとうな」
飴をかじると冷え固まった飴のカリカリとした食感と、ブドウの甘酸っぱさが口に広がった。
飴を食べ終えると夏輝は「次どこ行く? 屋台制覇でもするか?」と少女に訊ねた。
夏輝は浴衣でいっぱいいっぱいになっていて、メモ用紙を持ってくるのを忘れていた。
その為、少女は読唇術を使うにあたり、夏輝の口をずっと見ていた。
夏輝にとって、それはこそばゆくて仕方がなかった。
だけれど、その瞳がいつまでも自分の方を向いていてくれたら・・・・・・、そんな事を考えて恥ずかしくなった夏輝は頭を振り考えを打ち消した。
【たこ焼き、焼きそば、綿あめ、チョコバナナ、かき氷、じゃがバター、焼きとうもろこし、イカ焼き】
少女はというと次々と屋台の食べ物をスケッチブックに書き連ねていた。
「ふはっ、何だよそれ、食い物ばっかじゃねぇか」
夏輝は笑いながら少女の頭をワシャワシャと撫でると、少女の手を引き向こうの屋台を指さした。
「よし、向こうの屋台から行くぞ!」
夏輝と少女はそれから屋台の出し物で定番の輪投げや射的、ヨーヨーすくい等をしながらも、屋台の食べ物を買い漁った。
流石に食べきれない分は持ち帰り、家族への土産にする事にした。
「あー、大分遊んだな」
【お祭り楽しい】
「そっか、そりゃ良かった」
満足気に笑う少女の顔を見て、夏輝はいつまでもこの時間が続けばいいのにと思いながら柔らかい笑みを浮かべた。
『間もなく、花火大会が始まります・・・・・・』
「花火、もうそんな時間か・・・・・・」
そんなアナウンスが流れると、良い場所で花火を見ようとする人々が一斉に通路に押し寄せてきた。
それは油断をすれば一緒に流されそうな程だった。
「わっ」
人混みの波が収まると夏輝は体勢を整え、荷物等何もなくなっていない事に安堵した。
「ふぅ、凄かったな。大丈夫か?」
そう声を掛けた人物はというと、隣から忽然と消えていた。
「って、おい! 居ねえし!」
夏輝の先程までの安堵感は闇夜に消え、一気に焦燥感に襲われた。
今度は近くの屋台にも居らず、明らかにさっきの人混みに飲まれたと察した。
夏輝は少女を探して煌びやかな提灯が並ぶ通りを駆けだした。