きみこえ
七夕の願い事 if 後編 Pray for the Stars



 夜の七時、ほのかは部活の帰りにその足で夏輝に言われた駅前に向かった。
 夏輝の姿を探そうとしたが、その分かりやすさにほのかは探す手間が省けた。
 何故ならば駅前に十数人の女子高生やOLらしき女性が集まっていたからだった。
 学校でも今日何度か見かけたこの光景に、この女性陣の中心に夏輝が居るとほのかは確信した。
 しかし、こんなにも人だかりが出来ていては夏輝に近づく事すら出来そうにないと思いながら、なんとか夏輝の視界に入れないかとほのかは辺りを右往左往した。
 そこで、自分には武器があるのを思い出し、ほのかはペンを取り出しスケッチブックに文字を書いた。

【先輩!】

 ほのかはそう書いてスケッチブックを掲げ一生懸命ジャンプした。
 その努力の甲斐あって夏輝はほのかのスケッチブックに気が付くと、女性達を掻き分けてほのかの前に歩み寄った。

「やあ、子猫ちゃん、来てくれたんだね。さあ行こうか」

 そう言って夏輝はほのかの手を取って歩き出した。
 ほのかは後ろに痛い程女性達の視線を感じながらも夏輝についていった。
 その握る手はあの夏と同じ大きな手だったが、仕草や表情など、あの日の夏輝とは全て別人だった。




 夏輝に連れてこられたのは商店街で催されている七夕祭りだった。
 普段なら八百屋や魚屋、文具屋や惣菜屋さんが並ぶ商店街だが、この日だけはたこ焼き屋や焼きそば屋などの屋台がずらりと並んでいた。
 笹の葉や吹き流しやくす玉、提灯などの七夕飾りが華やかにライトアップされ、幻想的で美しい光景にほのかは圧倒された。
 いつもは少し寂しい商店街なはずなのに、今日は魔法がかかったみたいに賑やかだった。
 それはあの日の夏祭りを想起させた。
 だが、目の前を歩くのはあの日の燃える様な赤髪でもなく、少し照れたあの横顔でもなく、緊張して汗ばむ手でもなく、ぶっきらぼうな話し方でもなかった。

 --寂しい。

 ほのかは自分の中の感情を整理するとそんな言葉が浮かんだ。
 目の前に居るのは夏輝なのに夏輝ではない。
 それが堪らなく寂しいと感じた。

「さ、何か買ってこようか、何がいいかな? たこ焼き? 焼きとうもろこし? 綿あめ?」

 考え事をしていたほのかは夏輝が何か食べ物を並べ立てているのを察し、取り敢えずほのかはコクコクと頷いた。

「じゃあそこでちょっと待ってて」

 夏輝はほのかの手を離して屋台へと向かって行った。
 ほのかは鞄から銀色の短冊を取り出した。

【先輩が元の先輩に戻りますように】

 短冊にはあらかじめそう書いておいてあった。
 これで元に戻るかどうかは分からなかったが、いざ戻したいと思った時はいちかばちかでやってみようと用意していた。
 その札を手にしながらもほのかはまだ迷っていた。
 気にかかるのは翠の言葉だった。
 これが本当に夏輝自身が望んだ姿なのだとしたら、その願いを打ち消してしまう事になる。

 --これは“ エゴ ”だ。

 それでもほのかの頭に浮かぶのは気取った笑顔の夏輝ではなく、夏の太陽みたいに屈託なく笑う夏輝だった。

 --エゴでも構わない。またあの笑顔に会いたい。

 ほのかは決心し、短冊を笹の葉に掛けようとした。
 だがその時、後ろから肩を掴まれた。
 ほのかはビクリとして後ろを振り返るとそこには両手いっぱいに食べ物を買ってきた夏輝が居た。

「お待たせ。ん・・・・・・それは短冊?」

 それは一瞬の事だった。
 夏輝はほのかの手から短冊をするりと抜き取ってしまった。

「これはどういう事だろう? そんなにあいつの方がいいって言うのか?」

 ほのかは夏輝のを顔を見てその場に凍りついた。
 ずっと爽やかな笑顔を浮かべていた筈の夏輝の顔は今や余裕がなく、青い顔をし、目は虚ろな目をしていた。

「ありえない、ありえないよ。こんな事があってはならない・・・・・・、矛盾している。そうさ、すぐに子猫ちゃんも俺の事を好きになってくれる。だからこんなものは必要ないよ」

 そう言って夏輝は短冊を細かくちぎって捨てた。
 ほのかは呆然としながら風に吹かれて飛んでいく銀色の紙切れを見詰めていた。

 --ああ、これで夏輝を元に戻す事が出来なくなってしまった。

 そう思ったほのかの目にはじわりじわりと涙が溢れ出た。

「困ったな、なぜ泣くのかな? ほら、君の為に沢山買ってきたんだ。これでも食べて笑顔を見せて欲しいな」

 ほのかは俯きながら夏輝から袋を受け取った。
 そしてたこ焼きのパックを手に取ると真っ先に爪楊枝を掴んだ。
 スケッチブックに素早く字を書くとその書いた用紙をスケッチブックのリングから破り取り、用紙の角を爪楊枝で穴を穿った。
 たこ焼きのパックを止めていた輪ゴムを無理矢理開けた穴になんとか通すと輪っかを作り出しそれを笹の葉に引っ掛けた。

【天草先輩がいつもの私の好きな先輩に戻りますように】

 それはどの短冊よりも大きな()()だった。

「な・・・・・・んで?」

 憂いを帯びた顔をした夏輝の顔が見えたかと思うと、そこに一陣の強い風が商店街に吹き(すさ)んだ。
 あまりの強い風にほのかは目を閉じた。
 風が止まり目を開いた時、ほのかの目の前に立っていたのは赤い髪を後ろにかき上げた夏輝だった。

【本物の先輩ですか?】

 ほのかはまさかと思いながらも希望を胸にそうスケッチブックにそう書いた。

「ああ? 本物も何も俺は俺だけだろ? って、おい、なんで泣いてるんだよ!」

 それは正真正銘いつもの夏輝だった。
 ほのかは込み上げる感情のままに夏輝の胸に飛び込んだ。

「おわっ、ど、どうしたんだ? なあ、おい!? つーか、俺はなんでこんな所に・・・・・・」

 夏輝はほのかの後ろにある笹に掛けられたスケッチブックの紙を見た。

「す、好きってなんだよ!?」

 スケッチブックに書かれた文字が夏輝は気になって仕方がなかったが、ほのかは勿論そんな声は聞こえていなかった。

「よく分かんねえけど、心配かけさせたみたいだな」

 今のほのかには聞けそうにもないと判断すると夏輝はそっとほのかの背中に腕を回し頭を撫でた。






 商店街に巻き起こった風は一枚の短冊を悪戯にも笹から吹き飛ばした。
 その短冊は商店街を抜け、夜の闇に金色に輝きながら空に舞い上がった。
 そして、その短冊は吸い込まれる様に煌びやかな着物を着た女性の手へと収まった。
 その札には【人に好かれる人間になれますように】と書かれていた。

「珍しいな、その札を使うなんて。しかもそれを自分で取り上げるとは」

 そう声を掛けたのは着物を着た男だった。

「ふふ、ちょっとした気まぐれですよ。ですが、その札で誰かが悲しい思いをするのは私の意思に反しますから」

 そう言って女は手にあった札を一瞬で塵にし、その金色の塵は夜空の星の輝きと共に溶け合った。

「それに、いつだって私は乙女の味方をしたいのだから」

 古めかしい服を着た二人は夏輝とほのかを見守りながら消えていった。
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