雪降る夜は君に会いたい
「どこまで着いて来るんだよ」
「お兄ちゃんの部屋までだよ。だって泊まるって約束したんだもん」
「俺はした覚えないぞ」
「天野さんとしたんだもん」

 なんだか理不尽な事を言いながら駅からとうとう俺の部屋の前まで着いてきた。本気で泊まるつもりなのだろうか?

「助けてくれたお礼に泊まってあげるの」
「お前なぁ、そうやって尻軽に生きてたら後悔するぞ。俺がヲタクだと思って油断してるのかもしれんがなぁ、俺だって男なんだから……」
「お兄ちゃんは大丈夫よ」
「そうやって油断してると俺だって……」
「それより冷えて寒いの。部屋で温まろうよ!」

 言われるまでもなく俺も寒かったし、あやかし退治で疲れていたのもあって雪実と一緒に部屋に戻った。
 コーヒーの準備をしながら風呂も準備をする。早く身体の芯まで温まりたいと思っていても独り暮らしだと誰もしてくれない寂しさは身体に染み込んでいた。

「あぁ、温まるぅ。美味しいねこれ」
「だろ?」

 お気に入りのコーヒーを美味しいと言われて機嫌が良くなるが、こんなヲタクの部屋に女の子と二人っきりだなんて信じられない光景なのだが。
 冷えた身体に熱いコーヒーが注ぎ込まれ二人とも火照ってくる。

「お兄ちゃん彼女いるの? まぁこの部屋見る限り愚問かなぁ」
「ぐぬぬ」

 部屋には好きなアニメのポスターやらフィギュアが飾られ、正真正銘のヲタクの部屋を見渡し雪実は聞くまでもないことをさらりと言った。
 俺にとって天国の空間でも興味のない人からすればヲタクのお宅以外の何物でもない。

「あ! 写真飾ってるじゃん。って仕事の集合写真とか止めなよぉ」
「うるさい」
「あ、けどこれさっきの天野さんとちゃっかり隣に写ってるじゃない!」

 そう、偶然にもさっきあやかしナンパ野郎から救った天野詩織さん。同じ会社の同僚で研修に行った時の集合写真で運良く隣に並んで写ることができたのだ。

「ふふぅん、天野さんさぁ、お兄ちゃんに気があるよね?」
「な! おま、何言ってんだよ! そんなわけあるはずないじゃんか……」
「無い方がいいの?」
「いやぁ、それはその……」
「お兄ちゃん天野さんのこと好きなんでしょ?」
「ゴホッ!」

 俺はコーヒーで窒息しそうになった。恋人いない歴が年齢のヲタクにとって恋の話などいくらポーカーフェイス気取っても土台無理というものだった。

「なんでわかるんだよ」

 隠しても無駄と思った俺は素直に認めた。

「そりゃこんな写真飾ってるし、さっきも天野さんと話してる時のお兄ちゃんの目活き活きしてたよ」
「やっぱりわかるのか?」

 本人には気付かれているのだろうか。バイク通勤の俺と帰り時間が一緒になった時に最寄り駅までは話をする仲にまでなった。そこまでの仲と言ってしまえばそれまでなのだが俺にとってはそれで満足している。
 こんなヲタクの俺と分け隔てなく喋ってくれる天野さんは俺にとって天使のような存在だった。
 そんな天使が俺の好きなキャラクターのコスプレをしていたなんて夢のようだった。
 天野さんを好きになった最大の理由はその声にあった。ヲタクの俺はあの魔法少女を推しているがそのキャラの声と天野さんの声が違和感なく全く同じだった。
 初めて喋った時、俺は恋をした。不純な動機だろうが恋をすると顔も仕草も何もかもが愛おしくなってしまうものだった。
 恋するきっかけなんて人それぞれで、正解も間違いもなく誰にでもあり得る事なのだ。それがヲタクの俺には声だっただけで。
 ただ、自分のレベルはお察しの通り把握している。偶然会った時に喋れる今の仲以上を求めると、この関係さえも失う可能性があり、その可能性はかなり大きいことも。
 だから俺の天野さんに対する気持ちは絶対に知られてはいけないものと決めつけていた。

「お兄ちゃん、なんとか頑張れば恋人同士にだってなれるかもよ?」

 俺は雪実のこのなんの根拠もない言葉にまんまと乗せられることになった。
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