一途な溺愛王子様
ーーパシィッ、という乾いた音が人気のない道の真ん中で響いた。


「ばっ、バカにしないでよ!」


平手打ちしたカンナの頬に、徐々に赤みを与えていく。


「あたしのこと、そんなに軽い女だって思ってんの?!」


簡単にキスさせたわけじゃない。今までのキスは全部不意打ちと、あとは、無理矢理だ。

逃げられなかった初めてのキス。

あれも動けなくして、言葉巧みに言って、あたしを誘導した。


全部あたしの思惑なんかじゃない。カンナなんて好きなんかじゃない。


「……軽いじゃん。好きでもないくせにキスしてさ」


あたしはカンナの反対側の頬に、もう一発平手打ちしようと振りかぶった。

だけどそれは未遂に終わる。カンナにあっさりと掴まれて、寸前のところで止められた。


「あんたなんか、地獄に落ちろ!」


あたしは悔しくて、身動き取れないのもまたもどかしくて。

気がつけば、涙が頬を伝っていた。それに気がついた時には遅かった。カンナには見られた後だったからだ。


「……ごめん」


ぽつりとそう、こぼした。

あたしはカンナがどんな顔してそれを言ったのか見ることができなかった。

空いた片方の手で顔を隠して、涙を拭うのに必死だったからだ。


「でも、ひめが悪いんだからね。俺のこと、信じてくれないから……」

「……信じられるわけ、ないじゃん」


此の期に及んで、あたしの口はまだ回るみたい。


「そうか……がっかりだよ」


カンナはそう呟いた。吹き抜ける風に言葉を持っていかれそうになるほど、弱々しい声で。

きっと跡が残るんじゃないかと思えるくらい強く掴まれていた手が、そっと解放された時、カンナはあたしに背を向けて学校へと戻っていく後姿が、目の端で見えた。


あたしも涙が止まるまで、道路の真ん中でただただ立ち尽くしていた。

カンナが見えなくなっても、ずっと……。


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