かりそめ婚ですが、一夜を共にしたら旦那様の愛妻欲が止まりません
「猪瀬君のことはちゃんと私が片付けて、それから芽衣さんに報告して償おうと思っていたの」

恭子さんの話によると猪瀬君はあの夜の翌日、ピンバッジを盗んだのは自分だと恭子さんや館川さんに自ら白状し、店を辞めると言ってきたらしい。

「そのときね、長嶺部長も居合わせてたんだけど、彼すっごく怒ってた。情けをかけてこのまま彼を雇用するならテナント契約を解除するとまで言ってたわ」

「え? 長嶺さんがそんなことを?」

「盗みを犯した従業員を雇い続けることはできない、ほかのスタッフのことを考えてたからこそ、彼はあんなふうに言ったんだと思う。本当にいい子だったから……苦渋の決断だったけど」

恭子さんなりに猪瀬君のことは可愛がっていたのだろう。彼女もまた彼に裏切られて心に傷を負ったひとりだ。

「それで、猪瀬君はどうなったんですか?」

「今頃、海の向こうじゃないかしら?」

「……へ?」

海の……向こう?

思いがけない答えが返ってきて目が点になる。

「ま、まさか……長嶺さんにお金を返すためにマグロ漁船に乗せられたとか?」

「ふふ、あはは、違う違う」

な、なんだ……よかった。
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