かりそめ婚ですが、一夜を共にしたら旦那様の愛妻欲が止まりません
噴き出して笑う恭子さんにホッとする。パティシエの道を絶たれ、荒波にもまれながら巨大なマグロを引き上げている猪瀬君なんて想像できない。

「彼、長嶺部長から手に入れたお金を未払いの授業料に使っちゃったって言ってたし、うーん、マグロ漁船もいい考えだったかも、惜しいことしたわ。それより芽衣さんがあんなとんでもない子に引っかからなくて心底安心してる」

落ち着きと食欲を取り戻した恭子さんが、ここでようやくピザに手をつけた。

「大丈夫、猪瀬君は今パリにいるはずよ」

「え? パリ?」

これまたどうしてそんなところに彼がいるのかまったく理解できない。確か猪瀬君はまだ学生だったはず。

「このまま学校へ通い続けるより身体で技術を身につけて来いって、長嶺部長の知り合いのパティシエのところに修行へ出されたってとこね。私も知ってるパティシエなんだけど、めちゃくちゃ厳しい人だから改心するんじゃないかしら? もちろん猪瀬君の事情は説明した。それでも受け入れてくれたから、とても器の広い方よ。それにね」

恭子さんがナプキンで口元をさっと拭うと、ほんの少し前のめりになってじっと私を見た。
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